必殺暗部忍
「暁屋の店主、角頭とその息子、飛段。それに暁屋と結託して私腹を
やしている、勘定奉行のうちはまだら」
夜も更けた川岸の船着き小屋、明かりと言えば川面に反射する月明
かりと、女が持つ提灯一つ。
その提灯を持つ女、口入屋のシズネが今夜の標的の名を口にする。
「守銭奴の角頭に普段からこき使われ、息子の飛段には無理やり手籠
にされて殺された女中、ユギトの年老いた母親からの依頼だよ。
奉行のまだらは母親の訴えを無視し、飛段の殺しを黙認するどころ
か逆に母親を捉えて暴行を加えた」
一通り話すと、シズネは木箱の上に二朱金を四枚置く。
先に金に手を出したのは三味線屋のゲンマ。
続いて木彫り職人、テンゾウが二朱金を掴む。
ゆっくりと手を伸ばしたのは南町奉行所同心、畑カカシ。
口入屋シズネが金を取ったのを機に、四人は闇夜に散る。
吉原帰りの飛段が酒に酔い、千鳥足でふらふらと歩いていた。路地
に面した民家の屋根から一筋の弦が宙を舞い、飛段の首に巻きつく。
屋根からとんと影が地に立つと、飛段の身体がずるずると樹上に上が
る。その影の正体、ゲンマがビンと弦が鳴らすと、飛段の首はがくっ
と項垂れ、コト切れる。
暁屋の座敷では、店主の角頭とうちはまだらが酒を飲んでいた。角
頭が小水に席を立つ。廊下を歩く角頭の首に、木製とは思えぬ程、鋭
利に作られた桐が刺さる。本人さえ、いつ死んだかも理解できない様
なそんな早業で、息の根を止められた角頭は廊下に倒れ込む。その首
から刺さった桐を引き抜き、テンゾウはすっと姿を消す。
一人座敷に残ったうちはまだらは、ガサガサという音に気づく。
「誰だ?」
行燈の明かりに照らされ、人の影が障子の向こうに見える。
「誰だ?曲者か?」
重ねて声をあげながら、うちはまだらは刀を手に取る。刀をすぐに
使える様、鍔に手をかけながら障子を開けようと桟を掴む。しかしそ
れを開ける前に、銀の刃が障子の向こうから差し込まれ心臓をひと突
きにされる。
障子の向こう側、行燈に写った影の正体、畑カカシが刀を引き抜く
と、部屋の中でうちはまだらがゆっくりと倒れた。
刀に付いた血を拭き取り、カカシは屋敷の庭に降り立つ。つと、人
影が近寄る。
「障子で影しか見えぬ相手の心の臓をひと突き。相変わらず鮮やかで
すね」
テンゾウが立っていた。
カカシは無表情に睨む。
「人の仕事を見ているなんざ、悪趣味にも程がある」
言い捨てて、テンゾウを無視しそのまま歩を進める。
テンゾウは慌ててそばにより、カカシと並んで歩きながら、懲りず
に話しかける。
「今の奴らね。仕置きされてしかるべきクズだったけど、人間いつか
死ぬなら自分の欲望に正直ってのも、一理あるかななんて思いませ
ん?金が欲しい。女が欲しい。金も女も地位も欲しいってね」
いつになく饒舌なテンゾウに、カカシもつられて答える。
「なんだ、お前。金や女や地位に執心してるのか?」
テンゾウが答える。
「金はまあ、おまんま食べるに困らなければそれでいい。地位は、元
より苗字帯刀を許されぬ商人、全く興味はない」
「じゃあ、女か?女が一番簡単だろう、お前なら。それともなにか、
手の届かねえお武家のお嬢様でも見染めたか?」
二人はすでに暁屋の屋敷を抜け、江戸の町の路地を月明かりを頼り
に歩いていた。カカシの言葉を聞き、テンゾウは立ち止まる。
ふいに立ち止まったテンゾウを、カカシはついと振り返る。
「どうした?」
「お武家のお嬢さんなら、まだ夜這いでもかけられる」
テンゾウはやれやれというふうに、首を振る。
「剣の名手に夜這いかけても切り殺される。何より相手には付き合う
相手がいる。武家のお嬢より面倒ですよ。僕の想い人は」
テンゾウは一度言葉を切り、改めて続けた。
「最初はね、男色は無理かなと諦めてた。後で二人の中を知り、今度
はもう、激しく嫉妬に苦しんだ。」
そこでテンゾウは自分の殺しの道具、鋭利な木製の桐を出し標的に
突き刺す時の様に逆手に持つ。
「いっそ三味線屋を恋の恨みで、始末しようかと・・・」
カカシはテンゾウの顔を凝視する。
「お前・・・。」
テンゾウは苦笑した。
「嘘ですよ。そんな事をすればあなたが僕を許さないでしょう。力づ
くは駄目、恋敵を消すのも駄目、こうなったら正々堂々と正面から当
たるしかない。自分の欲望に正直に」
テンゾウはカカシに近付き、その耳元に唇を寄せ、囁いた。
「この仕事をしている限り、僕たちは一蓮托生。離れる事は出来ない。
あせらずがんばりますよ。諦めませんから」
言葉を切ると、テンゾウはカカシの首筋に接吻し、軽く歯を立てる。
「おい・・・・」
カカシが強く制止する前に、さっと離れてテンゾウは路地沿い民家
の屋根に飛び移った。
「次は口への接吻を狙います」
軽やかに、音もなく屋根の上をテンゾウは駆けていく。
「あいつ、いつから・・・」
自分とゲンマの事をいつ知られたのか、これは裏稼業に身を置くも
のとして、注意が足りなかったと反省する。
いつも仕事の後はゲンマと睦み、殺生という残忍な熱情を冷ます。
今日もゲンマの家に向かう事になっている。
だがカカシはすぐには動かず、先程テンゾウに接吻された首筋にそ
っと手を当てた。
「仕事の腕は確かな奴だけどね。」
若い割に熟練の技術を持っており、カカシはテンゾウに対して裏稼
業の仲間として、信頼を寄せていた。人間的にも・・・。
そう、けして嫌な奴ではない。それぞれ事情はあるが、どうしてこ
の稼業に身を費やしたのかと思う様な、好感持てる男だ。
『諦めませんから。』
耳元で囁いたテンゾウの言葉が思い出される。
『次は口への接吻を狙います。』
軽やかな足取りのテンゾウの姿。
テンゾウに想われて、悪い気はしない自分を自覚する。
「今日はやめておこうか・・・。」
カカシはゲンマの家に向かわず、ゆっくりと自宅のある八丁堀に向
かった。
終わり