札幌 中古住宅 深海の記憶

睦みの庭荘

 

 

深海の記憶2

 

 

 この部屋の唯一の飾りのような写真。この写真に写る人

達の誕生日について、テンゾウはカカシと会話した事があ

る。

 

 

 

 

 暗部に入りたての頃、ある任務でミスを犯し、影響は小

さかったが落ち込んだテンゾウに、当時指導担当だったカ

カシが自分の家に来るように伝えた。

 説教されるのだという重い気持ちと同時に、憧れの先輩

の家に行くという妙な高揚した気分と緊張。筋肉がめりっ

と音を立てるのではないかと思うくらいに身体を固くし

てカカシの部屋に入る。

 

「ま・ゆっくりしてってよ」

 

お茶を出し、一言だけそういうと、カカシは黙って本を

読み始めた。

 

 怒られるわけではなさそうだが、かといって慰められる

わけでもないその状況に、テンゾウは戸惑っていた。

けして自ら他者と積極的に関わろうとしないカカシに

家に招待されている時点で、それは相当に貴重な出来事で、

彼なりの精一杯の慰めの表れなんだと気づいたのは、もう

少し後になってからだ。

 

 テンゾウは何もないカカシの部屋で、唯一の飾りと言っ

てもいいベッドサイドの写真に会話の糸口を見つける。

 

「写真、見せてもらってもいいですか?」

 

「うん」

 

 テンゾウはベッドサイドに近付き、写真を手に取った。

カカシも本から顔をあげてそばに来る。

 

「先輩は四代目の弟子だったんですよね」

 

「そう」

 

「一緒に写っているのは同期の人達ですか?」

 

「四代目が編成したフォーマンセルの仲間」

 

「同じ歳ですか」

 

「うん。俺が915日生まれで、リンが1115日」

 

 カカシは一緒に写るうちはオビトの誕生日も言ったと

思うが、テンゾウは、それを覚えていない。特に人の誕生

日に興味があるわけではない。ただ、憧れだったカカシの

誕生日は元々知っていて、リンと呼ばれた少女が、カカシ

と丁度2カ月違いだったので、それが印象に残って覚え

ていたのだ。

 

 

 カカシの部屋を初めて訪れた時は本当に暗部に入りた

てで、うちは一族でないカカシが写輪眼を持つ理由も含め

て、彼にとってあの写真に写る人達が特別な存在だと、テ

ンゾウはまだ知らないでいた。だからこそ、会話の糸口に、

彼らの写真を使ったのだ。

 たわいの無い質問で、カカシも何事もないように答えて

くれた。

 

 そして今は知っている。彼らはその時すでに慰霊碑の中

にしか存在しなかった事も、カカシがいつもその慰霊碑の

前に佇んでいる事も。

 

 

 

 

 テンゾウが耳朶を甘噛みすると、カカシの身体が小さく

ぴくと反応した。

 

 雨は降り続いている。

 

 言えばいいのに。自分に対し遠慮する性格でも立場でも

ないのに。

ちょっと行ってくると、生きていればカカシと同じ年に

なるはずのリンという少女が眠る慰霊碑に向かえばいい

のに。なのに、カカシは言わない。

 

 テンゾウには判っていた。

 

彼が慰霊碑に行くと言わないのは、窓の外を気にしなが

らも行こうとしないのは、それはカカシがテンゾウに遠慮

しているからではなく、厳然と、自分と彼らを別の次元に

区分けしているのだ言う事に。

 

 慰霊碑に眠る人達は、まるでカカシの身体に組み込まれ

た遺伝子の様に深いところで存在している。そこには今を

生きるテンゾウが踏み込む余地はない。

哀しいほどに、カカシの中で区別され、テンゾウの前で

は、けして自ら彼らの事を話さない。

慰霊碑にいつも佇んでいる事を、テンゾウは知っている

し、テンゾウが知っている事をカカシも知っているが、そ

れでも、テンゾウに慰霊碑に行くという言葉は使わない。

 

 誰もいないところで、誰もいない時間にひっそりと慰霊

碑を訪れる。その前に佇む彼の姿を知っている者も多いが、

その背中は立ち入ることを許さない空気を纏っている。

 

 

 

 耳朶から白い項へ、そして再び唇へと、テンゾウは愛撫

を移動させていく。

 

 雨は弱まることなく降り続いている。

 

 こうしてそばにいて、肌に触れることを許されていなが

ら、彼の奥深い記憶には近づけない、哀しいほどに。

 

 カカシさん、僕のキスは、雨にけむる慰霊碑から意識を

逃がす事に、少しは役に立てたのでしょうか?

 

 

 

 カカシの唇を解放すると、テンゾウは抱きしめていた腕

も離した。ふいに自由にされ、カカシはテンゾウを見つめ

る。

 

「もうすぐお昼ですね」

 

「・・・・そうだけど・・・・」

 

 情に支配されていた空間を形成しておきながら、突然現

実的な事を口にするテンゾウに、カカシが怪訝な表情を見

せる。

 

「お昼は僕が作りますよ。だからカカシさん、買い物に行

ってください」

 

「はあ?」

 

「買ってきて欲しい物はメモで渡しますので」

 

「外は雨だよ」

 

「そうですね」

 

「で、俺に行かせるの?」

 

「まあ、ここはカカシさんの部屋だし」

 

「俺一人で?」

 

「僕は作りますから」

 

 そして続けてテンゾウが言う。

 

「でも、まだそんなにお腹減っては無いので、買い物はど

うぞゆっくりしてきてください」

 

「・・・・・」

 

 テンゾウの言葉に、カカシは黙って見つめる。

 

「メモ書きますから」

 

 カカシに小さな微笑みを返して、テンゾウはテーブルに

向かう。

 

 外へ出る支度をして玄関にいるカカシに、テンゾウは買

い物リストを差し出した。

 

「少し・・・遅くなるけど」

 

「はい。ごゆっくり」

 

 カカシはメモを受け取ると、テンゾウの唇に僅かに触れ

るだけの、でも心のこもる優しいキスをして、ドアを開け

て出ていった。

 

 

 一人になり、テンゾウは室内に戻るとカカシが見つめて

いた窓に向かい、カカシがしていたように昼前でも暗い雨

空を見上げた。目の前の空は厚い雲で覆われているが、ふ

と視線を動かすと遥かな先に本当に小さな雲の切れ間が

あり、微かに青空が覗いているのを見つける。

人を不安にさせるどんよりと暗い空に見つけた、気持ち

を明るくさせる小さな青空。

 

 深い記憶の痛みを抱えて、そして激しい雨に濡れて帰っ

てくるであろう恋人を、さっきカカシが自分にしてくれた

様な、そんな優しいキスで迎えようとテンゾウは思う。

 

 

 時々、カカシの気持ちは暗く厚い雲で覆われてしまう。

そんな時、遥か遠くのごく小さな青空のように、自分の存

在に気づいて、彼の心が少しでも暖かくなればいい。

 彼の心深い記憶に近付く事は出来なくても、カカシが還

ってくるところは自分の腕の中なのだから。

 

 

終わり