フコイダン インプラント 時の贈り物

睦みの庭荘

 

 

 

時の贈り物

 

 カカシの暗部としての最後の日の任務は、火影の護

衛のみであり、時間が来て次の担当に交代し、何事も

なく終えた。

 

「先輩」

 

 夜には暗部仲間が送別会を開いてくれる事になって

いる。それまでは少し時間があるので、暗部控室でシ

ャワーを浴び、私服に着替えて一旦自宅に戻ろうとし

た時、誰かに呼び止められた。

 

 暗部に入った時から手取り足とり教えて来た後輩の

テンゾウが、神妙な面持ちで立っている。

 

「お疲れ様でした」

 

「うん」

 

「今から帰られるんですか?」

 

「うん、店の予約までは時間があるし。あ、お前も来

るんだろう?」

 

「もちろんです」

 

「そうか」

 

「あの、僕も今から家に戻るんですけど、途中まで一

緒にいいですか?」

 

「ああ」

 

 二人は一緒に歩きだす。暗部控室もその暗部の者た

ちが多く住む寮も、機密性の維持の観点から里の目立

たない場所に立っていて、周囲は木々で囲まれている。

 

 秋も深まり、落ち葉が道を埋めている。二人が歩く

とカサカサと枯れ葉が音を立てた。

 

「先輩。実は僕、餞別をお渡ししようと思って」

 

 そう言ってテンゾウは布に包まれた物を取りだした。

 

「そんな気使わなくていいのに。」

 

「送別会では他のみんなもきっと渡すだろうし、お荷

物になると思うので、今渡しておきます。良かったら

開けてください」

 

「そうか、じゃ」

 

 カカシが包みを開けると綺麗に磨かれたクナイが入

っていた。

 

「何のひねりもないもので申し訳ないんですけど」

 

「いやあ、嬉しいよ。ありがとうな」

 

 カカシがいずれ暗部を抜けて、九尾を封印されたナ

ルトの上忍師になる事は想定されていた事だった。準

備期間に入る時期が来て暗部脱退を三代目に告げられ

た時も、淡々と受け止めていた。

 

だが、ずっと可愛がって来た後輩のテンゾウが、わ

ざわざ暗部控室で自分を待ち、こうして餞別まで用意

してくれていたのだと思うと、少し感傷的な気分にな

る。

 いつもいつも自分を信じ、ついて来てくれたテンゾ

ウ。精一杯の尊敬の眼差しで見つめてくれるテンゾウ。

振り返れば、いつもテンゾウがそばにいた。

 テンゾウとはもう少し一緒に過ごしたかったと、テ

ンゾウと離れるのは寂しいと、ふいにそんな思いに捉

われて、そんな事を考えた自分に気恥ずかしくなり、

カカシはしばし無言となった。

 

 ひゅうーと冷たさを帯び始めた風が木々を通り抜け

て、落ち葉が二人の足もとに巻きつきながら移動して

いく。

 

 風に後押しされたように、テンゾウが話しだす。

 

「先輩には、本当に色々とお世話になり、色々教えて

頂きました。」

 

「俺は別に、お前が頑張ったんじゃないの」

 

「いえ、命を救ってもらった事も一度や二度じゃない

ですし」

 

「逆もあっただろ。お前に助けられたこともいっぱい

ある。仲間だからな」

 

「仲間・・・」

 

 テンゾウが仲間という言葉を繰りかえす。

 

「どうした?」

 

 カカシは、少し表情が曇ったテンゾウを見つめた。

 

 テンゾウがカカシを見つめ返し、そして言葉を紡ぐ。

 

「じゃあ、暗部の仲間として、最後にお願いを一つ聞

いてもらえませんか?」

 

「願い?」

 

「はい」

 

「何?」

 

「僕に一分間だけ、時間をください」

 

「時間?」

 

「たった今から一分間だけ、僕のすることを止めない

で黙って見てて欲しいんです」

 

「何するの?」

 

「いいですか?」

 

「うーん・・・危ない事とかなら止めちゃうよ」

 

「危険な類ではないです」

 

「・・・じゃあいい。黙って見とけばいいんだな」

 

 テンゾウは小さく息を吐き、それから意を決した様

にゆっくりと腕を伸ばしカカシを抱きめた。少しの間

ギュッと抱きしめていたが、やがてその唇に口づけを

行う。最初は遠慮がちに唇を啄ばみ、やがて舌を絡め

貪るように、だんだんと激しさを増してカカシの口内

を蹂躙する。

 受け止めきれない互いの唾液が唇の端を伝う。それ

でもテンゾウは、息することさえもどかしいほどに、

カカシに口づける。

 

 カカシはテンゾウにされるがまま、その口づけを受

け止める。一分間テンゾウのすることを黙って見てお

く、その約束を守っているのか、驚いて動けないだけ

なのか、自分では判らない。

 

 ただ、けして不快な気持ちではなかった。

 

 それが一分間だったのかどうかそれは判らない。や

がてテンゾウはカカシの唇からゆっくりと離れ、そし

てもう一度抱きしめた。

 

「ありがとうございます」

 

 カカシを抱きしめたままテンゾウは小さく、でもき

っぱりとした声で言った。

 

「あなたが好きです。今までもこれからも、ずっと好

きです」

 

 それだけ言うとテンゾウはカカシを腕から解放し、

頭を下げて走りした。

 自分の言いたい事だけ言って走り去っていく後輩の

姿を、カカシ見送る。

 

「なんだよ・・・、言いっぱなし?」

 

 再び冷たさを含んだ秋の風が通り抜けていく。頬を

撫でるその風を心地よく感じて、カカシは初めて自分

の頬が上気していたと自覚する。

 

テンゾウと離れることを寂しいと思った自分、同性

であるテンゾウからの口づけを不快に思わなかった自

分。テンゾウがもし、言いっぱなしではなく、答えを

聞いてきたら、自分はなんと返事をしたのだろう。

 

失う事の怖さより、それを覆い隠してしまうほどの

深い想いに包まれて、答えはもう、決まっているのか

もしれない。自覚したのは今が初めてでも。

 

 カカシは日頃から大切にしている愛読書を取りだす。

そして足元に舞う葉を一枚手に取り、今日の日付と同

じページに挟む。

 

ふと空を見上げる。秋深い空は青く澄んで、一度深

呼吸してから、ほんの少し軽やかになる歩みを抑える

ように、枯れ葉を踏みしめながら歩きだした。

 

 

                   終わり