[PR]ジャマイカの宗教 綾なす想い

螺旋の庭荘

 

 

綾なす想い

 

 

chapter

 

 

「カカシー」

 

 リンが呼ぶ。振り返る。

 

「待っててー」

 

自分とリンの間にある信号は赤。立ち止まり待つ。

 

「やっぱリンって断トツ可愛いよな」

 

 カカシと一緒にいて、同じく足を止めた数人のクラ

スメイトのうちの誰かが言う。

 

「カカシよ〜お前ばかりがなぜモテる?」

 

「やっぱ顔なんじゃないの」

 

「所詮リンちゃんもイケメン好きということかあ・・・」

 

「お前ら中学ん時から付き合ってんだろ?」

 

 信号が青に変わった。リンが一歩を踏み出す。

 

「俺とリンは付き合ってないって、何回も言ってるだ

ろ」

 

 リンが歩き始めたのを見て、カカシは立ち止まって

いた場所から半身身体を進行方向に向ける。

 

「カカシ!」

 

 もう一度自分の名を呼ばれたような気がするが、は

っきりはしない。そこからの記憶は、場面を切り取っ

たかのような断面的なものしか残っていない。

 

 

ドーン!ギキーッ!

 

 

有り得ない音が耳に飛び込む。

 

目に写ったもの。

 

本来不可能な方向に手足が曲がって道路に横たわる

リン。

 

 頭から血を流しているリン。

 

「嘘だろ・・・。リン・・・・リン・・・リン!!!」

 

 

 

 

 カカシはガバっと起き上がった。

 

「あ・・・・」

 

 自身の心臓の拍動が聞こえるようだ。手の甲で額の

汗を拭ってから、身体中にも汗が吹き出ていることに

気づく。

 

今まで何度も見た悪夢。

 

しかし元は現実だ。幼馴染のリンが自分の目の前で

交通事故死した。

 

 目の前・・・。

 

 いや、正確には目の前ではない。カカシはリンがは

ねられた瞬間を見ていない。

彼女は自分を追って横断歩道を渡り、交差点を徐行

せずにスピードを出したまま右折してきた車にはねら

れた。

 

 リンは誰からも好かれる評判の良い女子高生だった。

確実に青信号に変わってから横断歩道を渡ったことは

大勢の目撃者がいる。

 カカシと一緒にいた友人たちも皆その時リンを見て

いた。にこやかに横断歩道を進むリンに暴走車が突っ

込む。一瞬の出来ごとだったと。

 

誰もが暴走車を責めた。交差点を徐行しないで右折

するなんて、無謀だ、犯罪行為だ、暴走車が悪い。

 

 カカシ一人、違う思いに囚われる。

 

自分はどうしてリンが渡り終えるまで待たなかった

のだろう。背を向けてなければ、リンにどこにもいか

ないよ、待っているよと態度を示せば、焦ることなく

近づく車に気づいたのではないだろうか・・・。

どうして・・・自分は・・・。

 

 

 

 

時計を見ると明け方の4時すぎだった。起きて会社

に行く支度をするにはまだ早い。しかしもう一度眠る

ことは出来そうにない。

 

 

 

カカシはシャワーを浴びて、コーヒーを沸かした。

一口飲んで大きく息を吐く。

 深呼吸なのか盛大なため息なのか自分でも判らない。

 

 リンが死んだのは高校1年16歳の時。もう10年以

上前の事。当時はともかく、月日が経つにつれ少しず

つ事故を思い出す場面は減っていた。それは人の脳に

おける自然な働きともいえる。

 しかしこのところ時折あの時の場面を再び夢で見る

ようになった。それはやはり自身の今置かれている状

況が大いに関係するのだろうとカカシは思う。

 

追い詰められて打開策が見つからない。

 

自分の力だけではもう解決がつかない。

 

そんな苦しい現状と呼応するように、このところま

たリンの夢を見るようになっていた。

 

 

 

 

 いつもの時間通りにカカシは会社につく。

 

都内のビルのワンフロアを占めている白を基調とし

たおしゃれなオフィス。

あと何回ここを歩くのか。

 

「カカシ専務」

 

「おはようテンゾウ」

 

 カカシは就職説明会での自分の言葉を聞いて、他に

も就職内定が出ていたのに、このコノハソーシャルに

入職してくれた自分を慕う後輩の顔を見て、心が締め

付けられたように重くなる。

 

「今から幹部会だそうで・・・」

 

「うん」

 

「いよいよ、駄目ですかね。コノハソーシャルも・・・」

 

「そうだな・・・。銀行が手を引いたら・・・もう駄

目だな」

 

 カカシはテンゾウを見つめた。

 

「お前たち一般社員には出来るだけのことをするから」

 

「カカシ専務・・・」

 

「倒産による都合という証明書を出し失業保険は直ぐ

に出るようにするし、多少なりとも退職金が出るよう

に考える」

 

 

 

 カカシの勤めるコノハソーシャルは、ネット内のコ

ミュニケーションツールやゲームを提供して会員を集

め、その会員に自社製品を売りたい企業を募り順調に

事業拡大を図っていた。

 

 しかし2年前から新規会員登録が頭打ちになり、新

会員を呼べないのでは魅力がないと広告費を出してい

た企業も次々撤退。

 新規会員開拓のために慌てて作ったゲームは慌てぶ

りがクオリティに反映されて内容がお粗末。

 悪循環に陥った。

 

 理由ははっきりしていた。2年前、会員同士のコミュ

ニケーションツールにゲームやカメラ機能を加味し、

更に可愛いイラストを無料配布しメールに添付できる

機能を備えたムーンアイという、事業内容はコノハソ

ーシャルと重なるのに、その内容はかなりのハイレベ

ルな会社が突如現れたのだ。

 

 毎月沢山の新規会員がムーンアイに登録する。企業

はその会員が魅力で広告を出す。

 

ムーンアイのすべてのデジタルコンテンツは本当に

クオリティが高かった。

 

太刀打ち出来ない。

 

会社はもう維持できない。ならば少しでも早いうち

に、まだ失った財産が少ないうちに会社を解散し、社

員達に少しでも還元しようという、最後の幹部会が今

から開かれるのだ。

 

 

 

綱手社長を始め、副社長である奈良シカク、専務の

カカシ、他数名の幹部たちはいずれも憔悴しきった顔

で会議室にいた。

 

 綱手が口火をきった。

 

「今日は事前報告通り会社の存続についての会議予定

だったが、その前に実は意外な話が舞い込んできてい

る」

 

 綱手の言葉に一様に項垂れていた皆が顔を上げた。

 

「あのムーンアイから、合併話が来ているのだ」

 

「え?」

 

 誰もがはっきりと驚きを表情にのせた。そもそもコ

ノハの倒産の危機を呼び起こした会社から、まさか合

併話が出て来るとは思いもよらない。

 

「しかも、今の給料基準を満たしたまま社員全員を正

職員として再雇用してもいいと言って来ている」

 

「それはいったいどういう裏があるのですか?」

 

 シカクが皆を代表して疑問を口にした。

 

 企業同士の合併はそもそも両者にメリットがなけれ

ば成立しない。今回はコノハ側には嬉しい話だが、ム

ーンアイには何のメリットもないと言える。会員もコ

ノハを当てにせずとも順調に伸ばしているし、コノハ

が抱えるクリエーターより、はるかにムーンアイの方

がクオリティの高いものを作っている。

 

「それが奇妙な話なんだが・・・」

 

 綱手が言葉を濁した。

 

「何です?」

 

 シカクが先を促す。

 

「畑カカシを、合併の前に1ヶ月ムーンアイに出向さ

せてほしいと。その働き振りを見て合併を決めると言

ってきた。」

 

 皆が一斉に驚いた顔をしてカカシを見た。しかし一

番驚いたのはカカシ本人で、何を言われているのか一

瞬は理解出来なかった。

 

「私を?」

 

「そうだ」

 

「どうして?」

 

「それが私にも判らない。ムーンアイの代表取締役は

一切表には出ないが、名は『うちはマダラ』だ。カカ

シは個人的に知っているのか?」

 

 綱手が睨むように聞いてくる。

 

「名だけはもちろん知っていますが、皆さんと同じで

す。ただ、ライバル会社の社長として名を覚えている

だけで・・・会った事もない」

 

「そうか・・・なのに何故お前を指名してきたのか

な・・・?私や副社長ならともかく、専務のお前の名

前は一般的に知られてないだろう」

 

「はい・・・」

 

「しかし全社員、しかも正社員として再雇用となれば

正直この話を断る理由が見つからない。カカシ、私か

らたっての願いだ。どんな裏があるか判らないがムー

ンアイに行ってくれるか?」

 

 全幹部がカカシを見つめた。それはそうだろう。再

就職が簡単に見つかる時代ではない。人生の大きな転

機なのだ。

 

 それはもちろんカカシにとってもそうであり、何よ

りも自分を慕ってくれている部下達を、路頭に迷わせ

たくはない。部下たちの今後に何ら保証してやれない

ことが、何よりカカシの心を重くしていた。

 

「分かりました。頑張って合併話しを進めてもらえる

ようにしてきます。どうして私を指名してきたのかも、

行けば事情が判明するでしょうし」

 

 

 

 

 うちはマダラ。本当にその名前にはまるで覚えがな

かった。しかし実は『うちは』という苗字には覚えが

ある。

 

 うちはオビト。

親の都合で13歳の時海外に引っ越したカカシの親友。

いや、リンとカカシとオビトと3人で親友だった。

 

 チラとオビトのことが頭を掠めたが、さすがに関係

ないだろうとも思う。

漏れ聞くうちはマダラの人物像は、かなり強引で威

圧的なワンマン社長ということだった。確か歳は40

半ば。

 

 オビトはもちろんカカシと同級生で28歳。オビトの

父親の年齢も下の名前も知らないが、普通に考えて50

代半ばより上だろう。それに子供の頃何度も遊びに行

ったことがあるあの一家は、誰もが優しく穏やかで、

人に親切にこそすれ威圧的に接するような人々ではな

かった。

 

 同じ苗字なんて世間にゴマンといる。

 

 カカシは頭を振った。考えるのはよそう。オビトと

の関係はもう切れてしまったのだ。

あの時、リンを失った16歳の時に。

 

 

螺旋の庭荘   chapter2