[PR]レゲエの根底に流れる特有の思想 綾なす想い

螺旋の庭荘

 

 

綾なす想い

 

 

Chapter2

 

 

ムーンアイのオフィスは、カカシ達の会社よりやや

郊外にあり、5階6階のツーフロアを占めていたが、

ビルは地味で家賃はさほど高くないように見えた。

 

「健全経営ということか・・・」

 

 今をときめく会社だが、その経営方針はかなり地道

だという噂は聞いている。

 

「コノハソーシャルを吸収合併する余裕は本当にある

ようだな」

 

 

 

指定された日に5階の受付でカカシが名前を言うと、

直接6階の社長室へ行くように言われる。

 

 5階は社員達が働く場で、6階が社長室や会議室な

どに使われているようだった。

 

 

 

 社長室のプレートがあるドアの前で、カカシは一度

深呼吸をした。知らない会社へ出向するという通常の

緊張もあるが、関係ないとは思いつつも自分の人生に

再び現れた『うちは』の苗字が小さな刺のように、カ

カシの心をちくりと刺す。

 

 

 

 

「俺、海外に行くこと決まったよ」

 

 中学になった年の夏休み、オビトに呼び出されてカ

カシは告げられた。

 

 以前から親に海外転勤の話があるのだという噂は聞

いていた。

 

「家族皆で行くのか?親父さんだけって無理なのか?」

 

 カカシはオビトと離れることが辛くて、引き止めた

い気持ちを伝える。

 

「母さんは知らない土地に行くのは気が進まないって、

俺と一緒に残るって言ってたんだけど、俺が反対した。

家族皆で行こうって、説得したんだ」

 

オビトがきっぱりと言う。

 

「え・・・?」

 

 オビトの言葉はカカシにとって衝撃だった。オビト

も悲しがっていると、嫌がっていると思い込んでいた

から。

 

 オビトがカカシを見つめる。

 

「リンはお前が好きだ。分ってるだろうカカシ」

 

「オビト・・・」

 

「今の俺は無理だから・・・」

 

「英語とかペラペラになっちゃって、そいで服のセン

スとかも身につけて、ラップとか口ずさんでさ。メチ

ャかっこよくなって帰ってくるよ。そん時になって、

俺見て慌てるなよ」

 

 オビトはにっこり笑った。

 

「だからそれまではお前にリンを任せる」

 

 カカシは涙を堪えるのに必死だった。オビトと離れ

ることが寂しかった。

 

「あっちの学校は9月始まりらしい。だからこの夏休

み中に引越しする」

 

 オビトは去ったが、それでも日常的にメールはやり

取りしていたのだ。長期休みになると日本に帰らない

のかと、リンもカカシもそれぞれメールで誘ったが、

結局一度も帰っては来なかった。

 

 関係が途絶えたのはリンの交通事故死を告げた直接

の電話の後。

 

「どうして・・・」

 

 電話の向こうでオビトが絶句している。

 

「下校時に暴走車が突っ込んで・・・」

 

 カカシも言葉を絞りだすのに必死だった。慟哭する

悲しみの中、ただ、オビトには自分が告げなければと、

その義務感で電話をしたのだ。

 

「お前は何してた・・・?」

 

「え?」

 

「お前は一緒じゃなかったのか?同じ高校に行ったの

に」

 

「俺は・・・先を歩いてて・・・」

 

「お前に・・・お前に頼んだじゃないか」

 

「オビト・・・」

 

「リンはお前が好きだった。だから俺はお前に頼んだ

のに・・・俺は・・・俺が・・・」

 

 その電話以降、カカシからメールをしてもダイアル

をしてもオビトからの応答はなかった。

 

 リンを失った時、カカシはオビトという親友も失っ

たのだ。

 

 

 

 

 社長室の前で、カカシは過去の苦い別れを思い出し

たが、振り払うように頭を振ってドアをノックする。

 

「入れ」

 

 野太い声が聞こえる。

 

 ドアを開けて中に入ると、噂通りの40代後半くらい

の、身体も大きく周囲を圧倒するような精悍な男が正

面の椅子に座っていた。

 

 

 

 カカシは僅かに肩の力が抜ける。当然オビトとは違

うが、微かな可能性があるのではと思っていたオビト

の父でもない。

 

「お前が畑カカシか」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 カカシは名刺を出そうとしたが、うちはまだらは右

手をいらないというふうに左右に振った。

 

「挨拶はいい。いずれ同じ社員になる」

 

「はい」

 

 合併の話は本気のようだとカカシは思う。

 

「もっとも、俺の意見じゃなくて最終的には副社長が

決めることだが」

 

「副社長?」

 

 ムーンアイの代表取締役にはうちはマダラの名が記

載されており、副社長の存在は知らなかった。

 

 カカシは思わず頭を下げる。

 

「申し訳ありません。勉強不足で副社長のことは存じ

上げませんでした」

 

 マダラがニヤッと笑った。

 

「うちの社員でも顔を知らない奴は多い。あいつはク

リエーターで、自宅で仕事している。仕事はパソコン

があれば出来るからな。他のクリエーターともメール

でやり取りして、新しいコンテンツを開発している。

俺はまあ、社長として企業の宣伝担当と会ったり対外

的な仕事をしているが、実質副社長がいなければこの

会社は維持できない」

 

 うちはマダラはそこまで言うとカカシにもっと机に

近づくよう、手で呼び寄せた。

 

 カカシがマダラに近づく。

 

「それで出向期間中のお前の仕事だが、副社長の秘書

をしてもらう」

 

「副社長の秘書ですか」

 

 カカシのコノハソーシャルでの仕事はいわゆる営業

で、このムーンアイで言えば、対外的な仕事をしてい

るという社長のマダラと同じだ。

 新作ゲームやイラストを作るクリエーターは専門外

で、秘書ならば社長につく方が力を発揮できると思わ

れる。

 

「私はコノハで営業職をしておりまして・・・」

 

カカシの言葉を遮るようにマダラが言葉を発した。

 

「副社長は随分お前に興味があるらしい。俺はどんな

奴が現れるのかと思っていたが、成程ねえ・・・。ま、

確かに人の気を引くタイプだ」

 

マダラの言葉の意味を深く思考する時間をカカシに

与えず、マダラは話しを続ける。

 

「今も言ったが俺もあいつには逆えん。この会社の基

本コンセプトを作ったのはあいつだからな。俺は頼ま

れて資本となる僅かな金を用意しただけだ。それであ

いつがここまで会社を大きくした」

 

 マダラはカカシにメモ用紙と車のキーを渡した。

 

「副社長は自宅で仕事をしている。これがあいつの住

所だ。今からここに行け。これは副社長専用の車のキ

ーだ。地下駐車場に停めてある。お前が秘書のあいだ

は自由に乗り回していい。向うに着いたら後は副社長

の指示に従え」

 

 

 

「あ、あの副社長のお名前は?」

 

カカシはメモ用紙とキーを受け取りながら、微かな

不安を抱えてその質問を口にした。

 

 マダラがニヤッと笑ってカカシを見た。

 

「ああ・・・。お前まだ判ってなかったんだよな」

 

「はい」

 

「副社長の名は、うちはオビトだ」

 

 

 

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