Winter color
8章
『・・・抱きたい・・・』
テンゾウに言われた。
予感はあったのだ、なんとなく。テンゾウは真摯に、
そして積極的に自分への恋心を表現してくれた。その
情熱的な瞳に、真っ直ぐな想いに、その先へと進む躊
躇はない。
おそらく自分が求められるのだろうと・・・絶対と
言える確証があったわけではないが、カカシは告白を
受けてから、なんとなくそう感じていた。
過去何人かの女性と付き合って身体を重ね合わせて
いるが、その時に躊躇いや戸惑いを感じたことはない。
求めて、相手の同意が得られれば行為に及ぶ。
女性のデリケートな日への配慮は当然していたが、
少なくともセックスをするにあたり男側の理由で拒む
ことはない。身体の構造上、男とはそういうものだ。
しかし・・・同性同士ならば違ってくる。テンゾウ
から抱きたいと求められている。それに答えるという
ことは、男としての能動的で攻撃的な交わりを放棄し、
気恥ずかしい身体の準備を行い、あらぬところにテン
ゾウを受け入れるのだ・・・。一切の躊躇いがないと
いえば、嘘になる。
カカシは自分が何故テンゾウを好きなのだろうと思
い返す。
出会いは普通に会社の編集室だった。目が合うと、
じっと自分の顔を見つめてきた。正直、人から顔を見
つめられることは多い。でもカカシが見つめ返すと、
皆照れて目を逸らしてしまう。しかしテンゾウは違っ
た。
少し茶色がかった瞳で、いつもまっすぐ見つめ返す。
この前その話をしたら、綺麗な顔だから動揺しすぎて
逆に目が離せなかったのだと言っていたけど。
今まで綺麗と言われると、男としてその評価はどう
なんだろうと微妙に感じていたが、テンゾウが気に入
ってくれているのなら、それならばこの顔も悪くない
かもと思う。
投稿小説の好みもいつも一致している。カカシに追
随しているわけではないことは明らかだ。毎月カカシ
より先に、推薦作を上げていたから。
同じ銘柄のコーヒーを好み、同じ時間に休憩所だっ
たり、屋上だったりその時によって違う所で出会う。
夕日を見てその美しさに同じく感動する。
気が合うというだけなら探せば他にもいるだろう。
でも、自分を見つめるテンゾウの瞳が好きで、その声
は心地良い。
ああそうか・・・とカカシは思う。好きなった理由
はあるといえばあるし、ないといえばない。誰にも明
確な答えなんてないのだ。大勢の人々の中で、その中
のたった一人を好きになるのは、それはもう不思議な、
人間が操作できない永遠に不可侵な領域の現象としか
言い様がない。
うつらうつらとそこまで考えを張り巡らせて、カカ
シは先ほどの自分の言葉が間違っていた事に気づく。
好きだから、自分もテンゾウと肌を寄せ合いたいと
思うから、それまで培ってきた男としての矜持を捨て、
恥ずかしさに目眩さえ覚えるその場所の準備も行った。
それも能動的で攻撃的な行為なのだと思う。
今日はテンゾウの家に行くと約束した週末の土曜日
だった。カカシは意を決して家を出る。
カカシのマンション前まで、テンゾウは車で迎えに
来ていた。10月の午後7時、すっかり日は暮れている。
「よう」
短い言葉を発したカカシが、テンゾウの車に乗り込
んでくる。その時ふわっとシャンプーの香りがして、
テンゾウは心臓が跳ね上がった。
「車、綺麗にしてるな」
「いやあ、正直言うと普段はそれほどでも・・・。今
日は朝から洗車行って、中も掃除してきました」
「俺の為?」
「そうです、もちろん。カカシさんとの初ドライブで
すし・・・。僕の家まで15分くらいですけど」
「うん、じゃせっかくだから明日は車でどこか行こう
か?」
「あ、はい!いいですね」
テンゾウはテンゾウで今日の逢瀬のために色々準備
をしていたのだろうと思うと、カカシは暖かい気持ち
になる。
夕食はカカシのリクエスト通りのさんまの塩焼きと
茄子の味噌汁、それに加えて肉じゃがと揚げ出し豆腐
が用意されていた。
「お前マメだねえ・・・」
カカシも一人暮らしで、全く自炊しないというわけ
でもないが、いわゆる炒飯やカレーといった男料理で、
煮物などはしない。
「はい。カカシさんとの初、家デートですし・・・」
「なんでも初をつければいいってもんじゃないけどね」
「はは・・・」
「でも美味しいよ」
「ありがとうございます」
食べ終えて、片付けは二人で行った。ニュースの時
間だからとテレビをつけて、二人並んでリビングに座
る。
2DKのマンションの中はやはり綺麗に片付けられて、
テレビに指紋などもない。元々必要最低限の家具など
しか置いていないが、やはり部屋も朝から掃除したの
だろうと思うと、カカシは少し笑った。
「何ですか?」
「いや、部屋が綺麗だからさ、料理もうまかったし、
車もだけど、俺のために今日は頑張ってくれてたのか
なあって思って」
「・・・そうですよ今日一日、あなたのことばかり考
えてました」
「うん・・・テンゾウ俺も、今日はお前の事考えて行
動してた」
「カカシさん・・・」
「例えば何がって聞くなよ」
テンゾウはカカシが車に乗り込んだ時のシャンプー
の香りを思い出す。
「・・・・・もう一度シャワー浴びられますか?」
「お前が先に」
「はい」
テンゾウがシャワーを終えて出てくると、カカシは
テレビを見ていた。その後ろ姿に声をかける。
「カカシさん、あのタオルや着替えとかも用意してま
すから、使ってください」
テンゾウはカカシが浴室へ行くと、テレビを消して
リビングの電気も消した。ベッドルームの明かりだけ
をつけてカカシを待つ。
カカシはテンゾウがシャワーを浴びている間テレビ
を見ていたが、実際話の内容は少しも頭に入らなかっ
た。
まるで中高校生・・・いや、今時の10代はもっとド
ライかも。そう・・・むしろ大人だから変化に臆病に
なってしまうのだ。それでも気持ちは決まっている。
おかしいくらいに確信している、根拠もないのに。こ
れは、自分にとって最後の恋だと。
テンゾウと交代して浴室に向かったが、家で一度入
っているので軽く汗を流してカカシは出る。テンゾウ
の用意してくれたパジャマを着てリビングに戻ると、
そこの電気は消されて奥の部屋の明かりが点いている。
そこには上半身裸のテンゾウがベッドの上に座って
いた。
カカシが近づくと、テンゾウは黙って両腕を前に出
しカカシの腕を掴む。そしてそのままベッドに押し倒
された。熱い口づけがカカシの唇を覆う。
息つく暇もなく口内をテンゾウの舌が蠢く。好きな
人からの口づけは戸惑いや躊躇いを凌駕していく。
カカシは押し寄せる熱い波に身を任せる。