タワーマンション The boy meets the boy

感謝の庭荘

 

The boy meets the boy

 

10

「先輩・・・どうして急にそんな・・・」

 テンゾウは、自分の元に戻るというカカシの言葉がすぐには理解で

きない。つい昨日、ゲンマと一緒にいる事を選び、自分に帰れと言っ

たのはカカシの方なのだ。

「うん・・・。気が変わるのが早すぎるよな。でも急じゃない、ほん

とは・・・。お前と離れると思うと辛い。あまりに自分勝手でゲンマ

に言えなかった・・・。でも、もうこれ以上、自分に嘘はつけない。

テンゾウ、これを解いてくれ。ゲンマにはちゃんと説明したい、自分

の口から・・・」

 

テンゾウはほんの少しの躊躇いの後、術を解く。全く不安がないと

いったら嘘になるが、自分と離れるのが辛いと言ってくれたカカシの

言葉が心に染み渡り、喜びがじわじわと沸き起こる。

拘束を解かれたカカシが立ち上がるその前に、テンゾウはもう一度

深く口付けをする。

 

「先に戻る」

唇をようやく開放され、カカシは立ち上がる。ゲンマに会うため、会

って自分の気持ちを告げるため、地を蹴り、樹木を越え、カカシは駆

ける。

 

 

 

里に戻るが、ゲンマは正規部隊の任務が入っており、結局すれ違い

になった。カカシは自分の部屋に戻り、鍵を机の上に置き、ベッドに

横になる。横になった目線の先に、机の上のキーホルダーがある。

それには、ゲンマの部屋の鍵も並んで繋がっていた。

 

カカシは起き上がり、キーホルダーを手にして、ゲンマの部屋の鍵

を外す。自分の部屋の鍵と、キーホルダーから外したゲンマの部屋の

鍵を別々に置き、そして再びベッドに横になる。

この部屋で、あるいはゲンマの部屋で、何度も何度も身体を繋げた。

男同士だというのにゲンマはいつも自分を丁寧に優しく扱った。乱暴

に抱かれたのは、テンゾウと一緒にいる所を見られたこの前のみ。そ

れも次の日にはいつもの優しいゲンマに戻っていた。それまで喧嘩した事もない。

ゲンマといると穏やかな時間を過ごせた。嫌いになったわけではな

い。好きかと聞かれたら今でも好きだと答えるだろう。

それなのに何故、自分はテンゾウを選ぶのだろう・・・。

 

 

 

翌日、カカシはもう一度ゲンマの部屋を訪れた。ドアをノックする

と中から返事が聞こえる。ポケットからゲンマの部屋の鍵を取り出し、

中に入った。

 

「カカシ、良かった怪我がなくて」

訪ねてきたカカシを見て、ゲンマは微笑んだ。

「いざこざあったみたいだな。俺が任務に出る前、医療班が出発する

所だった。気になったが、俺も任務に出る前だったし、暗部の情報は

俺達には知らされないしな。着替えたら俺から行くつもりだった」

「まあ、ちょっと戦闘になったが、大丈夫だよ」

 

「そうか、まあ座れよ」

壁際に突っ立ったままのカカシに、ゲンマが声をかけた。

「ゲンマ・・・。今日は話しがあってきた」

カカシの口調にゲンマは険しい顔になる。

 

 伝える言葉は一つ、余計な言葉を並べる気はなかった。

「別れて欲しい。お前とはもう付き合えない」

ゲンマは、無表情だった。

「何を言っている?」

「ゲンマ、別れてほしいんだ」

「ふざけるなよ」

「俺は本気だよ・・・。ゲンマ・・・」

 

ゲンマの声が微かに、本当にかすかに震えた。

「・・・あいつか?この前の暗部の後輩・・・あいつが原因か・・・」

「そう・・・。あいつが好きだ。だから、お前とは付き合えない・・・」

あいつを好きだというカカシの言葉に、ゲンマはきっと睨んだ。

ずかずかとカカシに詰め寄り、カカシの肩を揺さぶる。

「何を考えてる!?四つも年下だろう!?まだ餓鬼じゃないか!お

前はそんな奴に本気で惚れてるというのか?」

いつも穏やかなゲンマが、大声を出してカカシに怒鳴る。

 

「本気だ・・・。俺は本気であいつが好きだ。」

再度のカカシのテンゾウへの気持ちを語る言葉にゲンマは怒鳴る

のを止め、カカシの肩を掴んだまま静かにその目を見る。自分が愛し

たオッドアイ。

蒼と紅の瞳。

「目を覚ませ、カカシ」

ゲンマは静かに語る。

「若くて暗部にいるあいつは、女も知らないんじゃないか?憧れと、

恋愛の区別だってついてるのか怪しい。はたけカカシに憧れているだ

けじゃないのか。そのうち好きな女が出来て、年上の男なんて飽きち

まう。そんなことも予想出来ないお前じゃないだろう。」

 

ゲンマの言葉に、カカシは目を伏せた。

ゲンマの言う事はもっともで、充分考えられる事だ。

「そうかもしれない・・・。お前の言う通りかも・・・。でも、駄目

なんだ・・・。あいつと離れると思うと、半身が裂かれるように辛い・・・。

どうしてそんな気持ちになるのか自分でも判らない。でも、いつかあ

いつが俺から離れても俺はあいつを好きだと思う・・・」

 

カカシの言葉に、ゲンマは再び激昂する。

「いい加減にしろ!何を血迷ってる!?」

「ゲンマ、俺の気持ちは変わらない。別れてくれ・・・」

怒りの形相で、ゲンマは右の拳を振り上げた。

 

ボコッ!という鈍い音がして、ゲンマの拳から血が流れる。

 

カカシは微動だにしなかったが、ゲンマが拳で砕いたのは、カカシ

顔の横の壁だった。拳の形に、壁がめり込んでいる。ゲンマの拳から

流れた血が、壁を伝って流れ落ちる。

右の拳はそのまま壁を突いたまま、ゲンマは左の手で自分の顔を覆

った。

「どうして俺じゃ駄目なんだ・・・?何年も一緒にいた・・・。お前

を一番判ってるのは俺だ・・・」

 

こんな時でも結局自分を殴る事もしない優しいゲンマ。自分はどう

してテンゾウを選ぶのだろう。何度も自問した答を探す。

 

「どうしてあいつなのか、自分でも判らない。ゲンマ、ごめん・・・」

「謝るなよ・・・」

「俺は・・・」

「もういい、行け・・・」

 

カカシはそれ以上何も言わず玄関に向かう。出て行くとき、机にゲ

ンマの家の鍵をそっと置いた。

「カカシ」

呼び止められ振り返ると、こちらに背を向けたままのゲンマが後ろ

向きのまま何かを肩越しに投げてきた。

チャリンと音がしてカカシの手に収まったものは、ゲンマの鍵束。

「お前の鍵、外していけ・・・」

カカシは自分の部屋の鍵をゲンマの鍵束から外してポケットにし

まい、ドアノブに手をかけた。

 

「ゲンマ、今までありがとう」

一言言って、カカシは部屋を出た。

                   

                           続く