紡ぎゆく時間1
「疲れた・・・」
テンゾウは久々に戻った自宅の床に荷物を投げ出し、
ソファにどかっと座り込んだ。
カカシが暗部を去って一ヶ月が過ぎ、改めてその存
在の大きさを実感する。ローテーションもきつくなっ
たが、やはり精神的な支柱がいないという責任の重さ
の負担が増した疲労感が大きい。
「大変だな・・・。人に指示する立場って・・・」
部隊長、時には大隊長など、カカシの穴埋めをする
役割を負うことが多くなったテンゾウは、この一ヶ月
まともにゆっくりと休むことが出来ないでいた。
カカシの働きぶりを思い出す。戦闘中は仲間の情勢
も見極め身を呈して庇いながら、冷静な判断、的確な
指示を繰り出す。
そして時にはチャクラ不足で倒れながらも、飄々と
した雰囲気は崩さず、極力深刻な様子を見せないよう、
周囲に心配をかけないようにしてい
た。
「カカシさんてやっぱりすげ・・・」
そう呟いてから、テンゾウはソファの上のクッショ
ンに顔を突っ伏した。
「はあ〜・・・」
大きなため息をつく。その偉大な先輩に、自分は一
か月前なんという事をしたのか・・・。唐突にキスを
して、好きですと告白した。
今思い出しても全身から冷や汗が出る。
告白したくなったのだ、カカシが暗部を去と聞いて。
それでカカシを不愉快な気分にさせたとしても、実際
に会う機会がほとんどなくなる状況であるならば、ま
だいいだろうと。もちろん自分にとっても。
それにしてもあの告白の仕方は酷い。一分間時間を
くれと言って無理やりキスした、それも深いキスを。
自分がもし、突然男の後輩にキスされたらどれほど
気持ち悪いか、考えれば判る。
優しい人だから、そのまま耐えていてくれたのだと
思う。先輩の一分の時間をくれといった自分との約束
を守って。
テンゾウはしばらくソファから動けなかったが、や
がておもむろに立ち上がり、浴室へ向かった。くよく
よしても、もうしてしまった事はどうしようもない。
本当に久々のまとまった休暇をもらえた。
身体は疲れているが、現実冷蔵庫にはほとんど何も
入っていないし、気分転換も兼ねて買い物に行こうと
思い立つ。
特にあてもなく木の葉の商店街をぶらぶらとする。
冬も深まり、風の冷たさは身を縮めてしまう程だ。や
はり身体が温まる鍋でもしようかと思う。
野菜を吟味しながら、ふとカカシ先輩なら何を好む
かと考えている事に気づく。と、同時に激しい胸の痛
みを感ずる。
恋を自覚した時から失恋は想定内。それにしてもや
はり辛い。今までは暗部の仲間として、常にそばにい
ることだけは出来た。せめて逢いたい、顔を見たい。
しかし一ヶ月前にとった自分の行動で、気安い後輩
という立場も失ってしまった。
テンゾウは結局何も買わずに八百屋に背を向け、路
上に踏み出す。
「あ・・・・・」
カカシがいた。
「先輩・・・」
逢いたいとは思ったが、突然過ぎて心の準備が出来
ていない。
「よお」
「どうしてここに・・・」
「どうしてって、休暇だから買い物に来ただけだけど。
お前も?」
「はい」
「そりゃ、ま、偶然だね」
そう言ってカカシはにこっと笑った。
テンゾウはとりあえずホッとする。怒ってはいない
ようだと。
「買うもの決めたの?」
「いえ、特には」
「じゃ、一緒に飯食いに行こうか?お前に奢らせてや
る」
「?・・・あの、奢ってやるの間違いじゃないですか?」
「お前が奢るんだよ。俺の時間、一分の代償は高いよ」
その言葉を聞き、テンゾウは固まった。
表情を無くしたテンゾウを見て、カカシは可笑しそ
うに笑いながらさっとテンゾウの腕を取る。
「ほら、行こうぜ。寿屋の鍋が食いたい」
そう言ってカカシはテンゾウの腕を握ったまま先に
歩きだした。
引っ張られる様な形になり、慌ててテンゾウも歩き
だす。テンゾウが追いついたところで、カカシはさり
げなくその腕を離した。