<血中濃度>
シャワー後、とりあえずつけたテレビの音は、テンゾウの
イライラとした感情をただ増幅させるのみで、忌々しげに
リモコンのスイッチを切る。
隣の顔を見ることもない、都会の高層マンション。
防音も完璧なマンションに夜の帳が下りた後は、
テレビも消してしまえば、ただ静寂が訪れる。
感情を鎮めようと、ブランデーに手を伸ばす。
グラスにブランデーを注ぎ、味わう事も無く、
一気に飲み干した。こんな飲み方でアルコールを取り込んでも、
さらに憂鬱な気分になるだけということは、
充分予想できたが、そうせずにはいられなかった。
不意に携帯が鳴り、心臓がトクッとなる。
携帯画面に表示の名前は、テンゾウの怒りの源、畑カカシ。
すぐには出ず、少しの間をおき声を発する。
「もしもし・・・。」
「よーテンゾウ。今どこ?家いる?」
テンゾウのイライラなど全く素知らぬ風に、陽気な声が流れてくる。
「居るでしょうよ。あなたに言われてとった休暇のど真ん中で、
僕自身は、出かける用事は何もないんですから。」
刺々しさを十分に込め、返事する。
「ごめんごめん。ちょっと予定外な事があってね。
今、近くに来ているんだ。入っていいだろう?」
「・・・僕が拒否しても鍵は持っているんだから、入ってこれるでしょう。」
断れば、かろうじてプライドは保たれるのかもしれない。
けれど、会いたい気持ちの方がやはり勝る。
オートロックのマンションだが、合鍵を持っているカカシは
すでにドアの前だったようだ。電話を切ってすぐにドアの鍵を
回す音がする。
カカシが入り、キャリーバッグを玄関に置く音がするが、
テンゾウはわざと振り向かない。ふいに背中にカカシが
抱きついてきた。
「ちょっと、冷たいねえ。久々だってのに、顔も見せてくれないのか。
悪かったって思ってるよ。休暇を無駄にさせて。もう許せよ。」
言いながら、カカシはテンゾウの顔を自分に向けさせ
口付けをする。すぐさま舌をねじ込み、テンゾウの口内を貪る。
しかしテンゾウはカカシに応えず、抱きつくカカシを突き離した。
「ちょ・・テンゾウ・・。」
口付けを拒否され、カカシはようやくキスくらいでテンゾウの
怒りが解けない事に気づく。
「そんなに怒ってるのか?・・・。」
「当たり前でしょう。僕をなんだと思ってるんですか?
循環器学会が終われば休暇を一緒にとろうといわれ、いさんで取ったら
あなたは九州から帰って来ない。連絡もつかない。この二日間、
何をしてたんですか?いえ、判ってますよ。・・・波風教授と
一緒だったんですよね?」
カカシの表情が戸惑いを見せる。
「連絡はしただろう。帰るの遅れるって・・・。」
「一方的にメール寄越しただけでしょう。電話かけても電波が入ってない。
二人の時間を邪魔されたくなかったんでしょうけど。」
「・・・確かにミナト先生と一緒だったけど、テンゾウが
思ってるような事は何もないから・・・。」
「僕が思ってるような事ってなんですか?」
「それは・・・。」
カカシが下を向いてうな垂れた。
テンゾウはふいにカカシを押し倒し、乱暴に上着をめくりあげた。
そして露わになったカカシの乳輪ごと力を入れて捩じ上げる。
「痛い!」
テンゾウは、カカシの抗議を聞き入れず、さらに乳首を摘まむ。
「痛いよ・・・テンゾウ・・・乱暴にするな・・・。」
行為を止めないまま、テンゾウが聞く。
「・・・こうして、ミナトセンセイと、乳繰り合ったんですか?」
「だから!そうじゃないって言ってるだろ・・・あ、ああ・・痛くするな・・・。」
テンゾウは、乱暴な胸への愛撫をさらに加速させながら、
怒りの言葉をたたみかける。
「学会前の数週間も・・・ずっと教授と夜遅くまで一緒に居ましたよね・・・。」
「それは・・・うっ・・ちゃんと説明してただろ・・・。
学会発表の準備でしばらく遅くなるって・・・。先生は研究指導医として、
残ってくれてただけで・・・。あうっ・・・テンゾウ・・・頼むから・・・
乱暴にしないで・・・。」
乳首を噛まれ、痛みにカカシの身体が捩れるが、テンゾウは
容赦なく、乱暴な愛撫を身体中へと拡げる。噛み、吸い、カカシの肌に
紅い痕を付けていく。
「見ましたよ、あなたの論文。
『完全大血管転位3型におけるラステリ術、REV術それぞれのアプローチ』
良くまとまってた。・・・。でも、毎回の手術に波風教授が立ち会ってますね・・・。
貴方は随分、贔屓にされてますよね・・・。教授のオペを受けたい人は
山ほどいるっていうのに・・・。ご自分の手術はほっといて、先輩にべったり。」
「だから・・・学会発表の為に・・・。教授は親父の知り合いだったから・・・。
目をかけてくれてるんだ・・・それだけだって・・・。テンゾウ・・・もう止め・・・。」
テンゾウは、カカシのズボンを脱がせ、下着を膝辺りまで脱がせかけて、
カカシの中心部を凝視する。
「痛い、嫌だって、駄々こねてる割には、もう先がこんなに濡れてますよ。」
テンゾウの意地悪な指摘に、カカシは顔を赤らめる。
「それは・・・お前にだから・・・。」
「それはどうかな。」
「ほんとにミナト先生との仲疑ってるのか・・・?」
テンゾウは答えず、カカシの膝に下着が留まったまま、
その両足を拡げた。
「そうだ・・・。ローション切らしてましたよ。あなたが
数週間来ないから、買うの忘れてました・・・・。ああ、これでいいや。」
テンゾウは、先ほどまで自分が飲んでいたブランデーの瓶に
手を伸ばした。左手で瓶を傾け、自分の右の指をブランデーで濡らしていく。
フローリングの床にブランデーが零れ、あたりにアルコール臭が広がる。
「テンゾウ・・・嫌だよ。俺が酒弱いの知ってるくせに・・・。」
カカシの言葉をまるで聞こえていないかのように無視して、
テンゾウはブランデーで濡らした指をカカシの後腔へと入れる。
「ああ・・・・。」
何度経験しても、最初は排泄器官に異物を入れられる感覚が辛い。
ただ、いつもはテンゾウが前も一緒に梳いてくれるから、カカシは
その辛さを耐えることが出来る。しかし、今日のテンゾウは
指をいつもより乱暴に挿入し、前を少しも触ろうとはしてくれなかった。
「テンゾウ・・・テンゾウ・・・触って・・・ねえ・・・。」
「ご自分で触ったらいいでしょう。」
「そんな・・・酷い・・テンゾウ・・・意地悪するな。」
「酷いのはどっちですか?循環器学会は二日も前に終わっている。
それなのに、僕に休暇を取るように言っておきながら、
あなたは帰って来ない。しかも波風教授と一緒だ。学会前も
さんざん一緒にいる所を見せつけられていて、これはいったい
どういう仕打ちですか?」
テンゾウの指がカカシの一番いいところを突いた。
「う・・・テンゾウ・・・ねえ。ほんとに自分でしろって言うの?」
後のいいところを突かれているのに、前の刺激は与えてくれない。
カカシは耐え切れなくなり、自分の手で前を梳き始めた。
「ほら、前ばかり夢中になってないで、身体の力抜いて下さいよ。
ちっとも柔らかくならないですよ。」
自分で触らされ、毒のある言葉を言われ、それでもカカシは耐えた。
「は・・・う・・・・テ、テンゾウが怒るのも無理ないけど・・・。
俺も知らなかったんだ・・・教授も休みを取ってるなんて・・・。
ああ・・・テンゾウ、もう、いいだろ・・・。」
「入れて欲しいですか?」
カカシは素直に頷く。
「後からいきますよ。向き変えて。」
テンゾウが指を引き抜き、カカシは言われるがまま、うつ伏せになる。
テンゾウは、カカシの臀部だけを持ち上げた。
「でも、まだ広がってないなあ。もうちょっと、濡らしましょう。」
テンゾウはそう言って、カカシの双丘を押し広げ、再度
ブランデーの瓶を手に取った。そうして瓶の口をカカシの後腔へと宛がう。
カカシは待っていたものとは違う、冷たい感触に後を振りむいた。
「テンゾウ・・・何する・・・ああヤだ、テンゾウ!」
カカシの抗議も空しく、テンゾウはブランデーの瓶をそのまま秘部に押し込む。
「テンゾウ!止めろ!そんな事!」
「暴れると、瓶が割れちゃいますよ。」
「酷いよ、テンゾウ・・・。急性アル中になる・・・。」
カカシの声は掠れていた。
「そうですね。下部直腸で吸収されたものは下大静脈に入り、
肝臓を迂回するので、代謝を受けない。酒に弱いあなたは
急性アル中になる可能性がありますね。」
「テンゾウ!いい加減にしろよ!俺はほんとに何も・・・あう・・・。」
テンゾウが瓶の角度を上にした。ガラスが割れる危険と、
アルコールを直接注がれる事に畏怖を感じ、カカシは硬直する。
「そんな緊張してたら、僕のも入りませんよ。」
意地悪な行為を強要するテンゾウに、怒りを感じながらも
早くテンゾウを味わいたいとも思う。きっと自分は
テンゾウになら、何をされても許してしまうのだろう。
カカシはテンゾウへの想いだけを拠り所に、この行為に耐えていた。
テンゾウが瓶を引き抜き、代わりに自身を突き入れてきた。
すでに先走りをぽたぽたと流している硬直したものも、
テンゾウはようやく触ってくれる。
待ち望んだ感覚に、カカシは素直に乱れる。
テンゾウが前後に動くたび、カカシは喘ぎ、その両目から涙を流し、
快感と苦痛の狭間にその身を委ねた。
二人ほぼ同時に達し、カカシはぐったりと倒れこむ。
テンゾウは息が整うと、タオルをお湯で絞りカカシの身体を拭き、
むき出しの下半身にタオルケットをふわっとかけた。
床に零れたブランデーも始末する。
身体を拭いてくれる行為はいつもの優しいテンゾウだった。
カカシはほんの少し、先ほどの行為に抗議を行う。
「直腸吸収の血中濃度って、どれ位で最高になるのかな。
俺、もうすぐおかしくなるかもよ、テンゾウ・・・。」
ほんの少しの間をおいて、テンゾウが答えた。
「嘘ですよ。瓶はほとんど空でした。アルコールは、
最初に指につけた分位しか入ってないです。」
タオルケットに包まったまま、カカシはテンゾウを見上げる。
「・・・今日のお前はほんとに意地悪だね。そりゃ休暇を
無駄にさせて悪かったけど。」
「教授と休みを取るなら、どうして僕にも休暇を取るように
言ったんですか?」
「・・・・・学会が終わったら、ゆっくりしたらいいって
ミナト先生に言われたんだ。俺はその言葉そのまま受け取って、
学会終わったらすぐ東京戻って、お前と過ごそうって思ってた。
でも、先生も休暇とってて、ホテルの部屋も予約してあったんだ。
一緒に九州の観光地巡りしようって言われて・・・。断れなかった。
この発表で、ううん今までも、どれ程世話になってるか、
断れないよ・・・。テンゾウ判るだろう。」
「あなたからは断れないにしても、波風教授のあなたへの態度は
行き過ぎじゃないですか?」
テンゾウの問にカカシはしばらく黙っていた。
テンゾウも、カカシが口をきくまで黙っている。
小さく息をついてカカシは話し始める。
「うん・・・。ほんとは言われた。俺の事を、特別に想ってるって。
でもちゃんと言った。俺には恋人がいるから、先生の想いには
答えられない、って・・・。そしたら思い出に一泊二日だけ、
携帯も切って二人だけで旅しようって言われたんだ。それで
きっぱり諦めるからって、だから・・・。一緒に泊まったけど、
何もない。先生は無理強いする人じゃないから。」
「・・・その恋人って、僕の事ですか?」
「当たり前でしょ。お前じゃなきゃ、さっきみたいな酷い事
許すわけないよ。反撃してぼこぼこだよ。俺はこう見えても
空手、柔道合わせて五段なんだぜ。医学部受験でやめたけど・・。
血中濃度で愛が測れたらいいのに。俺がお前の事、好きなこと証明できるから。」
「愛の血中濃度ですか。面白い事言いますね。」
テンゾウは言いながら、カカシに口付けを落とす。
優しく、深く、カカシの唇、舌を味わう。
カカシを今度は優しく丹念に味わいながら、テンゾウは思う。
愛の血中濃度を測れたら、自分はカカシで埋め尽くされているだろう。
けれど、カカシの愛の血中濃度を測ると、その中は自分で
埋め尽くされておらず、多少は波風教授がいるような気がする。
全然想いもなく、一緒に泊まったり旅行に行ったりするだろうか。
愛の血中濃度なんて絵空事だ。それでいい。今、こうして
自分の前に居てくれること、自分の酷い行為も耐えてくれていた事、
それでいい。科学で証明できない曖昧さこそが
何より人を愛する神秘なのだから。
終わり