不登校 幼児教室 緩やかな醸成

睦みの庭荘

 

 

 

緩やかな醸成1

 

 

 暗部と正規部隊に別れてから二人のスケジュールは

あまり重ならない。

本当に久しぶりに数日の休暇が一緒になるという初

日、暗部時代から時々行っていた小料理屋で、テンゾ

ウとカカシは遅めの夕食を食べていた。

 

大人が四人も入れば窮屈になる様な店の小さな奥座

敷。無口だが腕は確かな主人が作る料理を愛想のいい

女将さんが運んでくる。心地の良い店の雰囲気に終始

ゆったりと食は進み、二人は〆の酒を注文する。

 

 人肌に温められた銚子をカカシがすっと手にとる。

テンゾウは御猪口を差し出し、カカシからの杯を受け

ながらその手を見つめる。

白くしなやかな長い指。時に人を殺める青白き炎を

放つその指先は、なんと無駄に綺麗なのか。

 カカシから受けた杯を一口飲んでから、今度はテン

ゾウがカカシに杯を返す。

 

面で素性を隠す暗部ではもうないというのに、カカ

シは相変わらず、口布と額宛てでその素顔はほとんど

晒さない。

もっとも食事をしている今は、その口布は降ろされ

ている。飲み干した酒で濡れた唇は普段あまり見慣れ

ない分、余計に艶めかしく感じる。そして、色白の肌

がアルコールで少しばかり朱に色づいている頬にも視

線を向けながら、テンゾウは意を決して言葉を発する。

 

「先輩、この後、僕の家に泊まってください」

 

 泊まりませんか、ではなく泊まってください、テン

ゾウが必死で伝えた誘いの言葉に、カカシは箸で小鉢

をつつきながら、こともなげに却下の返事をする。

 

「いや・・・。今日は帰る」

 

 今日は、じゃなくて今日も、でしょうとテンゾウは

内心で反論する。

 

 小さく息を吐き、テンゾウは手酌で酒を注ぎ飲み干

すと、御猪口を少し強めに卓に置く。

自分の告白をカカシが受け入れてくれてから、すで

に数カ月過ぎていた。そして二人はキス以上の発展が

ない。

 

数か月過ぎたといっても、暗部と正規部隊に別れて

の任務は擦れ違いが多い。付き合っている月日に比べ

て会っている回数は少なく、カカシにも付き合い始め

の頃、ゆっくりと先輩後輩から恋人へ移っていけばい

いと、言われた事もある。

 

しかし20代の健康な男として、プラトニックにも限

界がある。

今時、アカデミーを出たての10代半ばでももう少し

進んでいるんじゃないだろうか。自分の初体験も暗部

に入ってまもない頃の二つ年上のくの一で、深い関係

になるまでさして期間はかからなかったと思う。

 

テンゾウは前に座るカカシをもう一度見る。さぞか

しモテ人生を歩んできただろうと思う。

端正な容姿。天才という噂に違わず、忍びとしての

優れた感性と、実績。そして何より、そういう優秀な

人にありがちな尊大な気配をまるで感じさせない、穏

やかさ。

結局、モテるカカシにとって自分は大勢いる取り巻

きの一人くらいの存在なのではないだろうかと、そん

な疑心暗鬼に苛まれる。

 

テンゾウにも初体験の相手となったくの一や、その

後に付き合った女の子もいたが、いずれも本気になれ

ず別れてしまった。いつも心のどこかでカカシを想っ

ていた。そのカカシとようやく付き合えて、そしてま

た思い悩む。声には出せずに内心で問いかける。

 

先輩、僕がただの取り巻きではないとしたら、そろ

そろ恋人にシフトしてもらっても、いいんじゃないで

しょうか・・・。

 

大きな不安と少しの苛立ちを織り交ぜた気配を隠し

消しきれないまま、テンゾウがもう一度手酌をしよう

と銚子を手に取る。カカシが無駄に綺麗な指でそれを

横からさっと取り、テンゾウの御猪口に注いだ。そし

て自分の御猪口に残りを注いで、それを口にする。す

っと手の甲で口元を拭い、静かに言う。

 

「明日行くよ」

 

「へ?」

 

 不意過ぎて聞き取れなかったテンゾウが間の抜けた

返事をしてしまう。

 

「明日の夜、お前んち行くから」

 

 カカシは飲み干した御猪口に目線を落としたまま、

繰り返した。

 

 テンゾウが返事できずにカカシを凝視すると、会計

ボードで額をぺチンと叩かれる。

 

「酒もなくなった、帰るよ」

 

「あ?え、は、はい」

 

 カカシはそのまま席を立ち、さっさと奥座敷から出

て、女将さんんに会釈をしながらも一直線に店の外へ

向かっていく。

 

「あ、ちょっと待って・・・」

 

 額を叩かれた会計ボードは当然のようにテンゾウの

前に残されており、慌てて勘定を済ませ、先に店を出

たカカシの後を追う。

 

 店を出るとカカシがポケットに手を突っ込み、いつ

ものように少し猫背気味に、でも顔は夜空を見上げ佇

んでいた。明日来るという先程のカカシの言葉を確信

に変えようと、テンゾウは声をかける。

 

「あの、先輩・・・。さっきの・・・明日、僕の、ほ

んとに、・・・」

 

 うまく言葉が繋がらない。

 

 カカシが視線を空からテンゾウの方にゆっくりと移

動する。月と、今しがた出て来た店から漏れる光のみ

が明かりとなっている路地で、すでに口布も引き上げ

られたその表情をはっきりと読み取る事は出来ない。

 

「じゃ、ごちそうさん」

 

 テンゾウのしどろもどろの問いかけには答えず、カ

カシは一言いうと、すぐにテンゾウに背を向け、ただ

手だけをじゃあな、というようにひらひらとさせる。

 

 ひらひらさせたその手の白肌が月明かりに映える。

その腕を掴み引き寄せ、甲に口づけたら・・・まあ道

端でそんな事をすれば、今度は会計ボードじゃなくて

拳骨で殴られるかな・・・。ふと考えながら、テンゾ

ウはカカシの背中が見えなくなるまで、その場で見送

った。

 

                      続く