綾なす想い
Chapter15
吸収合併が正式に決まり、カカシたちの会社、コノ
ハソーシャルは社員ごとムーンアイのオフィスへ移転
した。
綱手は奈良シカクやカカシなど幹部たちに残った社
員を守るようにと厳命し、自分は業績悪化の責任を取
り周囲の引き止めを振り払って退任した。
オビトとはあれきり連絡がつかない。片付け具合か
らいってもオビトがマンションに戻らないことは明ら
かで、カカシも自分のマンションに引き上げた。オビ
トの部屋の鍵は持ったまま。
もちろんメールも電話もしてみたが、返信はない。
あの時と一緒だった。
リンの死を告げたとき。
あの時もオビトと連絡がつかなくなった。
オビトのことを引きずっていないといえば嘘になる
が、カカシはそのまま専務という肩書きで迎え入れら
れている。綱手という後ろ盾もない中、結果を残すた
めにも仕事を軌道に乗せなくては、という意識を持ち
新しい職場に赴いた。
一旦は社員としての立場を保証されても、仕事が出
来なくては今後の発展はない。
オフィスを移転したとき最初にオリエンテーション
を担当してくれたムーンアイ側の社員から社内メール
を教えられた。
カカシはプライベートなアドレスでなく、割り当て
られた社内メールのIDアドレスでオビトに連絡を入れ
てみたが、結局返信はなかった。
ただ、オビトが今どこにいるかは、直ぐに知ること
となった。
幹部であるカカシは、合併後早々に社長との打ち合
わせが行われ、その時に副社長であるオビトはフラン
スにいると聞かされた。
今後は欧州に事業拡大を図り、いずれ他の社員も呼
び寄せ支店を作るが、それに先んじてオビトが行って
いると。
なるほど・・・とカカシは思う。
オビトは姿を消したわけではなく、予定通りの日本
からの退去だったのだ。ただ当初の予定より1週間早
めた。カカシはオビトの口から説明されることがなか
っただけ。
移転して数日後、カカシはコノハソーシャル時代か
らの部下であるテンゾウと昼休憩で一緒にランチを食
べていた。
その時テンゾウから、副社長に社内メールで挨拶を
送ったらこちらこそよろしくというような内容の返信
あったと聞かされる。
「フランスにいると聞いたので、暫くは直接会えない
だろうからとりあえず挨拶を、と思ってメールを送っ
たんですけど」
元々の社員でないテンゾウは、日本にいてもオビト
が会社にはほぼ出勤しないことを知らないのだ。カカ
シと過ごした3週間の間、オビトは家にいて、自由な
時間に仕事を行い、自由にカカシを抱いた。
「メールの印象だけですけど、気さくな人みたいで」
「そう・・・」
確かにカカシの知っている幼い頃のオビトは、気さ
くで陽気で誰にでも親切なタイプだった。
「ほら、社長がなんだか胡散臭い感じですから副社長
までそうだったら嫌だなと思ったんですけど」
「うん・・・」
「少し安心しました」
「そうだな・・・」
「ヨーロッパで本格的に事業展開となったら、営業も
呼ばれるでしょう?やっぱりカカシ専務とか優秀な人
材が選ばれるんでしょうね。その時は僕も専務と一緒
に行きたいですよ」
「ああ・・・アメリカは既に進出しているから次はヨ
ーロッパかな・・・」
テンゾウが話すことに相槌を打ちながら、カカシは
えぐられる様な心の痛みに耐えていた。
オビトは自分だけを避けているのだ。他の部下から
の社内メールには即座に返信している。
もちろんカカシに対しても、仕事上連絡を取らなけ
ればならない内容なら返信が来るのだろう。ただ、個
人的に連絡が欲しいというようなことでは、もうコン
タクトは取れない。
オビトとの時間は失われてしまった。
会社合併の可否を決める契約の代償にカカシの身体
を要求したのは、オビトが言うようにリンの代わり。
当初は一ヶ月と言っていた。最初は男の身体に興味
本位もあったのかもしれないが、3週間もすれば飽き
たというところが真相か。
当然だろう・・・。
オビトが好きな相手はリンだったのだから。
その日の夜、カカシは仕事を終え帰宅しテーブルの
端の小物入れに自分の部屋の鍵を投げ入れた。そこに
は預かったままのオビトの部屋の鍵も入っている。
その鍵を手に取る。
オビトと暮らした部屋の鍵。オビトと抱き合った空
間。
子供だったがオビトへの想いは真剣だった。
気づいた時には好きになっていた。理由なんて判ら
ない。ただ何事もネガティブに考えがちな自分と違っ
て、オビトはいつも明るく前向きだった。
恥ずかしげもなく自分の夢を語っていた。成功して
大物になると。大物ってなんだよ?と問うと、社長と
か、大臣とか、とにかく大物だよ、と。
その屈託のない笑顔が眩しかった。
今成功している会社の副社長という立場で、経営の
中心にいるオビトはその夢を叶えている。
自分はどうしたかったのだろう。会社のため、他の
社員のためと大義名分をつけオビトの要求に従ってい
たが、内心ではオビトと触れ合うことに喜びを感じて
いた。
約束通り会社は合併という形で守られて、そして自
分はオビトとどうするつもりだったのだろう。
リンを好きなオビトに男の自分が告白したところで
叶うわけはないと決め付けていた。
気持ち悪いと思われ、友人という立場さえ失うこと
が怖かった。
でもそんなこと・・・。もうとっくに、リンが亡く
なった時に、オビトからの信頼は失われているのに、
今更何を恐れているのだろう。
カカシは手にしたオビトの部屋の鍵をテーブルに置
くと、広くもない部屋の中を突進する勢いで奥に行き、
クローゼットを開けた。