綾なす想い

螺旋の庭荘

 

 

綾なす想い

 

 

Chapter19

 

 

オビトはフランスに着くとまず、事務所探しから始

めた。ホテルに泊まりながら不動産屋を巡り、貸事務

所及び自分の住む所を決める。

 

家主との交渉や内装の段取り、それらを終えると、

パソコン設置しネット回線を繋いだ。

すると新しく仲間となったカカシの元の会社、旧木

の葉ソーシャルの社員から、社内メールが送られてく

る。

とりあえずご挨拶をしておこうと思いました、とい

う急ぎでない内容のメールにも、オビトは丁寧に返信

した。

木の葉ソーシャルから来た社員たちは多少の差はあ

れ、やはり疎外感を感じているだろうから、気を使わ

せたくないという配慮の気持ちは、副社長としてもち

ろん持っていた。

 

 しかしその中で見つけたカカシからの社内メールに

はどうしても返信できない。

 

 連絡が欲しいという内容。

 

 突然姿を消した自分に戸惑っているのだろうと想像

がつく。

 カカシの立場になれば当然だろう。会社の危機に突

然現れて、合併して社員を全雇用すると救世主のよう

なことを言いながら、その代わりに娼婦のように抱か

れろと、まるで悪魔のような取り引きを持ちかけた。

 そしてまた説明なくカカシの前を去る。

 

 いったい何なんだと、連絡くらいしろよと言いたく

なるのはもっともだ。

 

 しかしカカシに個人的に連絡を取ることはやめよう

と決意していた。

 これ以上、鉄の仮面を被ることは無理。

 

 

 リンの日記には、カカシもオビトが好きなんだと書

いてある。それが本当だとして、もう10年以上も前の

ことなのだ。

 少年期の一時的な気持ちに縋って前向きに考えられ

る程、純粋に生きてはいない。

 

 カカシのお嫁さんになることが夢だったリン。その

夢は叶わない。

 

 リンが好きだった。カカシのことではライバルだっ

たけれど、もしもこの先カカシの付き合う相手がリン

ならば、それなら諦められると思ったものだ。

 

 

 

 

 フランスに着いて本格的な事業展開が始まる頃、オ

ビトはまたカカシから社内メールが来ていることに気

づいた。題は緊急とある。合併後もカカシの立場は本

社の専務。仕事に関することなら返答しなくてはなら

ない。

 

「えっ?」

 

 メールの本文を開いて、オビトは思わず驚きを声に

出した。

 事務所の現地採用の職員が一斉に振り向く。

 

 しかしオビトは注目を浴びたことなどまるで気に留

めることなく、一番近い席の職員にフランス語で今は

もうサマータイムだったかな?と尋ねる。

ヨーロッパには春から秋までの間、時計を一時間早

める習慣がある。

 

Est-il l'heure d'été maintenant ?

 

Oui, c'est ça

 

 はいそうですとの返事を聞いてオビトは事務所内の

時計を振り返り、指で文字盤を指しながらしばしの間

時計を見つめ、言葉に出して確認する。

 

「サマータイムなら時差は7時間。直行便でもパリま

では13時間近くかかるから、シャルル・ドゴールに着

くのは・・・え・・・と、19時頃・・・」

 

 オビトはもう一度パソコンに向き合い、緊急という

題の社内メールを見つめた。メールの到着時間は3時。

日本時間で10時頃に会社から打ったのだろう。

 

『朝一番で会社に休暇を申請した。成田13時発のパリ

行直行便に乗る。お前が避けるなら、俺から会いに行

く』

 

 

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