螺旋の庭荘

 

 

綾なす想い

 

 

Chapter17

 

 

飛行機が水平飛行となり機内サービスなども始まっ

た頃、オビトはようやく落ち着いて今の状況を考える

ことが出来るようになった。

 

カカシが自分を好きでいてくれた。

 

少なくともリンが日記を書いていた高校生の頃はそ

うだった。

 

喜びが心の奥深くから静かに沸き起こる。

 

 

 

 カカシに憧れていた。何をしてもそつなく、何をし

ても恰好がいい。

 あまりに自分と違い過ぎて嫉妬などというレベルは

通り過ぎ、むしろカカシが自分の友達でいることが自

慢だった。

 そして自分の中のカカシへの、憧れだけとは違う感

情に気づかされた。

 違う違うと否定しても、気づいた時点から余計に意

識して一層想いが深まるばかり。

 

 リンがカカシを好きなことは小さなころからわかっ

ていた。リンは全く隠すそぶりもなかったし、そもそ

も隠す必要もない。女の子がカッコイイ男に惚れるの

は当たり前で、同性の自分とは違う。

 

 父親の海外赴任が決まった時、日本にいる選択肢は

あったのだ。自分自身の海外暮らしへの不安と俺の学

力への影響を心配した母親が、父親だけ単身赴任して

もらうことも出来ると言ったが自分はチャンスだと思

った。

 

 自分の想いに気づいたリンは正々堂々と勝負なんて

言ってくれたけど、どう考えたって自分に分はない。

 

 物理的に離れてしまえば、会う事もなくなれば、同

性を好きになるという不毛な感情はなくなるかもしれ

ない。

 そして努力してカカシに負けないような立派な大人

になり日本に戻ろうと、子供ながらにそんなことを思

っていた。

 

 そして本当に努力したのだ。言葉の壁、学力の差、

あらゆるものを努力で補い、いつかカカシと対等にな

ると・・・。

 

 でも、リンが亡くなった。

 

 幼馴染の早すぎる旅立ちに呆然自失し、ありたっけ

の涙を流し、そうしてどうしていいのかわからなくな

った。

 カカシへの想いを抱いたまま逝ってしまったリンの

ことを考えると、離れても一向に変わらないカカシへ

の感情を捨てられぬまま連絡を取り合うのは、リンに

対する罪悪のような気がした。

 

 カカシへの恋心がなければ友人として、共に涙し、

共にリンに恥じない生き方をしようと励ましあい、友

情を結ぶことが出来ただろう。

 

 でも自分はカカシへの想いを捨てることが出来なか

ったのだ。

 

 カカシがどこの大学に進み、どこに就職したのか、

すべてわかっていた。

 

 気が付けばカカシの後を追うように同じ業種の会社

を立ち上げ、結果的にカカシの会社は窮地に陥った。

 

 そこまでの結果を予想していたわけじゃない。会社

の浮沈は資本主義の競争社会の原理で、たまたま自分

の作り出したものが世の中に受け入れられただけ。

 

 でも、カカシの窮地を見過ごせないほどに、自分の

想いは消えていなかった。

 

 カカシを救いたい。

 

 だったら、カカシを、カカシの会社を救うのなら、

人生でひと時だけ、カカシを自分のものにしたい。

 

 これはリンへの裏切りとは違うのだと何度も自分に

言い聞かせた。

 

 カカシの会社を救うその代償、合併に関連する正当

な費用請求。そんなへ理屈を自分の中で並べあげて、

カカシを抱いた。

 

 この不毛な気持ちを悟られぬように、冷徹な仮面を

被り、時には辛辣な言葉を浴びせて。

 

 そうでなければ感情が迸ってしまう。好きだと、愛

してると、そんな言葉が溢れだし、抱きしめてそばに

いてくれと懇願してしまう。

 

 

 

 鬱々とし、眠りも浅くビジネスクラスのゆったりし

たシートであっても、オビトは全身の疲労感を拭えな

かった。

 

機内案内がフランスのシャルル・ドゴール空港への

着陸が近づいていることを告げる。

 

 

 限界だった。

 

 あれ以上カカシのそばにいれば、この仮面をかなぐ

り捨てて、カカシへの想いを口にしてしまっただろう。

 

 

 飛行機が着陸のために高度を下げていく。窓から見

えるフランスの景色が段々と鮮明になってくる。

 

 

 もう戻らない。カカシへの想いは、日本に置いてき

た。

 

 

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