綾なす想い
Chapter3
オビトの家はマンションで、カカシは敷地に隣接す
る駐車場のオビトの部屋番号のプレートがあるスペー
スに車を止め、オートロックの玄関前に立った。
うちはマダラにオビトの名を告げられた時から、過
去と現在を行き来しているかのような、そんな意識の
浮遊感に囚われたまま、カカシは身体を動かしていた。
リンの死を告げた時のオビトの悲しみと、どうしよ
うもない苛立ちをカカシにぶつけたのであろうその後
の拒絶、リンを失い、更にオビトとも縁が切れたのだ
と自覚した時の深い絶望感に苛まれた日々。
どうして今になって自分の前に現れたのかという疑
問、そして何よりも沸き起こるやはり懐かしい思い、
あらゆる感情がカカシの心に複雑に絡みあっていた。
しかし、カカシ個人の感情とは別に、一人の社会人
としての責務がある。
倒産しかけているコノハソーシャルの従業員を守る
最後の望み、全員雇用を原則としたムーンアイとの合
併。
しばしの躊躇の後、カカシは意を決した。オビトの
部屋番号を呼び出す。
「カカシか?」
オビトの声がインターホンから聞こえる。
「オビト・・・」
「部屋は最上階だ」
インターホンはすぐに切れ、マンション玄関の鍵が
開く音が聞こえた。
カカシはすぐにも走り出して駆けつけたいような、
それでいてこのまま逃げ出したいような、そんな相反
する気持ちに揺れながら中へと進む。
オビトの部屋のドアの前で、もう一度インターホン
を押す。
一拍おいて、玄関扉が開かれる。
確かにオビトだった。
15年前、海外へと飛び立ったその時の面影を残しつ
つも、大人に成長したオビトがそこにいた。
「久しぶりだな」
オビトの声は冷静だった。何の感情もないような、
いやむしろ冷ややかな雰囲気を醸し出している。
「ま、入れ」
「オビト、どうして・・・」
カカシの声を無視して、オビトは部屋の奥へと進む。
仕方なく、カカシもそのあとへと続いた。
廊下の先には広いリビングがあり、モノトーンを基
調としたシンプルに必要なものだけが揃っている空間
が広がっている。
何度も遊びに行った子供の頃のオビトの部屋は、ご
ちゃごちゃとして玩具や文房具、教科書や漫画、雑誌
などが何の脈絡もなく散らかっていた。
「座れよ」
オビトが座ったソファのテーブルを挟んだ向側に、
カカシも座る。
あらためて正面からオビトを見つめて、カカシの心
に懐かしい感情が溢れてくる。今すぐ久しぶりと、会
いたかったと、その肩に腕を回し抱きつきたいような
思いになっているのに、目の前のオビトの冷ややかな
態度がそれを抑え込んでいた。
明るくて元気が取り柄のようだったオビトとは、何
もかも違う。部屋の雰囲気も、目の前にいる本人も。
「大変みたいだな、今の会社」
何ら思い出話もすることなく、いきなりオビトは現
実的な事を話し始める。
カカシもここへ来た当初の目的を達成しなければと、
自身の感情を深く押し込めて、頷く。
「その通りだ。オビト、本当にうちと合併する気があ
るのか?」
「ま、合併というか吸収だがな」
「従業員を全員再雇用するって聞いたが」
自分を慕ってくれている部下達、その将来を守るこ
と、それが何よりカカシには大事だった。
「もちろんそのつもりだ。ただしお前の態度次第だが」
「俺の態度?働きという意味か?」
「まあそうだ」
「お前の秘書をやれと社長に言われたが、俺は営業の
方ならかなり貢献できると思う。コノハで培った人脈
も全くないわけではないし」
「・・・お前は変わらないな」
ビジネス話から、オビトが話を変える。
「昔から、何をやってもそつなく出来た。頭はいいし
運動神経もいい。その上かっこよくて女の子からモテ
たよな。今もさ、会社は傾いていても、自分の仕事ぶ
りには自信を持っている」
「自信じゃなくて必死なだけだ。俺の言葉で就職をし
てくれた部下もいる。あいつらを路頭に迷わせたくな
い」
「お前、独身だろう。モテすぎて選べないのか?」
「結婚なんて出来る状況じゃないことは知っているだ
ろう」
「会社が大変でなければ結婚したい人はいるのか?」
「いないよ・・・」
カカシは一度言葉を切った。オビトの方から仕事の
話しを逸らしたのだ。ならば自分も聞こうと思う。
「お前はどうなんだ?ここは一人暮らしみたいだが」
「俺も独身だし、フリーだ」
「今も、リンが好きなのか?」
オビトはカカシのその問には答えず、黙って見つめ
返した。
「オビト」
カカシが声をかけた時、ふいにオビトが立ち上がる。
「お前は営業をしたいのかもしれないが、ここでの仕
事は俺の秘書だ」
オビトが立ったまま再び仕事の話しに戻す。
「判った。お前がそれを望むなら俺の出来る限りのこ
とをする」
カカシの働きに部下たちの将来がかかっているのだ。
「お前の出来ること」
「ああ」
「じゃあ、リンの代わりになれ」
「え?」
リンの代わり?
わけの判らないフレーズにカカシは言葉を失い、オ
ビトを見つめ返す。
「俺はずっとお前に負けていた」
オビトが話し始める。
「お前には何も敵わない。自覚していたよ、子供なり
にな。親の転勤は自分を変えるチャンスだと思った。
そしていつか立派になってお前やリンの前に立つ、そ
れがモチベーションだった。それなのに・・・。リン
が・・・」
オビトは、カカシとその前にあるテーブルの間に回
り込み、そこに立つ。
カカシは間近に立つオビトを見上げた。
「お前は何してた?リンはお前が好きだった。それな
のに、守ってやらず何してた?」
「俺は・・・」
カカシは言いかけた言葉を飲み込む。
オビトはそのままテーブルに座った。カカシの姿勢
よりやや上方から、互いの膝が付くような距離でカカ
シを見つめる。
「俺は、立派な大人になってお前たちの前に現れたか
った。だがその機会を奪われた。リンがいない。今な
らリンを振り向かせることもできたかもしれない。リ
ンと付き合えたかもしれない」
「オビト・・・」
「でもそれはもう叶わない。お前に頼んだのに、リン
はいない。だからお前がリンの代わりになれ」
「俺に何をしろって言っているんだ?」
カカシはオビトを睨み返して聞く。
オビトは静かに言い放った。
「俺に抱かれろよ、リンの代わりに」