綾なす想い
Chapter22
様々な人種が行きかうシャルル・ドゴール空港で、
荷物を受け取り出口に向かうと、自分をまっすぐ見つ
めるアジア人の男にカカシは気が付いた。
最近の日本人は髪を染めていたり、あるいは食生活
の変化が関係しているのか元から茶色に近い髪色の者
もいる。カカシ自身、髪も肌も色素が薄い。
しかしオビトは、純和風な漆黒の髪色をしていた。
黒目がくっきりとした瞳をしていて、見つめられると
どこか引き込まれそうな印象を与える。
口を真一文字に結びまっすぐこちらを見つめている
視線は、カカシの姿はとうに見つけていたと思われる
のに、感情のない無機質さを装っている。
歓迎されていないということは想定内であり、カカ
シも殊更表情を緩めることもなく、オビトの前に立つ。
「来てくれたのか」
「飛行機の出発時間が書いてあったからな。直行便な
ら到着の時刻はだいたい分かる」
歓迎されてはいないにしても、こうして迎えには来
てくれたのだとカカシは思う。
「・・・どこか、ホテルの予約でもしてあるのか?車
で来ているから送るけど」
オビトは固い表情のまま聞く。
「いや、まったく。ノープランで来てるから」
空港ロビーを横切り近くの駐車場へ向かいながら、
オビトは少しの遠慮を言葉に滲ませ言う。
「じゃあ俺の家に来るか?・・・お前が・・・嫌でな
かったら」
「泊めてくれるのか?」
「ああ・・・だから、お前がそれでよければ・・・。
でも嫌なら、今から泊まれるホテルを捜すけど」
オビトはカカシの意思を再度確認するように慎重に
言葉を選んだ。
カカシはふいに明るい表情になり、それに呼応した
朗らかな声で返事をする。
「助かる。実はお金がなくてさ」
「え?」
「ほんとに急に思い立ったから、銀行行く暇がなかっ
た。ATMでおろせる額は用意したけど、飛行機も急
だったからビジネスのキャンセル席しかなくて。ビジ
ネスってバカみたいに高いな。これでホテルに金使っ
たら、帰りの飛行機代が無くなるなって思ってた」
オビトからもそれまでの無表情さが取り払われ、驚
き交じりの呆れた顔をして呟いた。
「お前・・・それはノープラン過ぎるだろう」
カカシはオビトの言葉に穏やかに微笑んだ。心から
の言葉を返す。
「そうだな。それでも、どうしてもお前に会いたかっ
た」
その時点で駐車場に着いていた。オビトは自身の車
に向けて開錠のためにキーを押しながら、カカシを振
り返る。
メールにもあった『お前に会いに行く』という言葉。
「・・・会いたかったってそれはどういう意味で・・・」
「すごい、ベンツか。さすが副社長だな。国際ライセ
ンス持ってるのは知ってたけど、車もすぐに買ったの
か」
カカシはオビトがまだ言葉を発している途中で、ベ
ンツの方へ歩を進める。
オビトはその場での質問は諦め、カカシの背中を追
った。車の前で、カカシの荷物を取りトランクに入れ
る。
運転席に回り、乗れよという合図代わりに助手席側
のドアを中からあけ、カカシを車内に誘う。
空港でアジア人にしては背が高く、男にしては色白
のカカシの姿は、すぐに捉えることが出来た。
もう会うことはないと思っていたカカシが目の前に
いると、よほど自制しないと抱きしめてしまいそうに
なる。
だから唇をぐっと噛みしめ、必死に無表情を装った。
日本のマンションで15年ぶりに再会した時のように。
「カカシ、晩飯は?腹減っていないか?」
「いや、機内食で、ビジネスだったから結構いいもの
食った。晩飯って・・・ここは何時頃?」
「夜の7時くらい」
「ふえ、まだそんな時間?・・・俺さ、今かなり眠た
いけど」
「ああ・・・お前の身体感覚的には真夜中の2時くら
いだろうな。成田からここまで大体半日以上かかるか
ら」
「オビトは海外長いし、日本との行き来も多くて慣れ
ているのかもしれないが、すごく奇妙な感覚。昼1時
から半日経ってまだ夜7時なんて」
「時差ボケだな。アパートはもうそこだから、ゆっく
りすればいい」
ほどなくオビトの借りているアパートに着いた。
カカシにとりあえずソファに座るよう促し、オビト
は飲み物でもと冷蔵庫へ向かった。てっとり早くビー
ルを手にしてソファへ戻ると、カカシはごろっと横に
なり、クッションを抱えて寝息を立てて眠っている。
「ちょ・・・おい、なんだよそれ」
オビトはビールをテーブルに置き、ソファの横に座
り込む。
「こっちは15年分の気持ちを告白する気でいたのに、
数時間の時差ボケに邪魔されるのか」
カカシの寝顔を見つめながら、思わず声に出して不
満を述べる。
「アパートに誘うのも超緊張したのに、お前は金ない
から助かったって、お気楽な返事するし・・・まった
く・・・俺の緊張返せよ」
オビトが言葉をいくら発しても、カカシは起きる気
配がない。クッションを抱えたその寝姿が可愛いかっ
た。
「男に可愛いとか・・・、俺も終わってるな・・・」
カカシを迎えに行くまでの自身の混沌とした苦悩と、
今、目の前でクッション抱えて横になっているカカシ
の、そこにいることが自然みたいな無防備さが笑う程
乖離している。
「いい加減にしろよ、その無警戒ぶり。襲うぞ」
オビトは少し震える指先で額にかかるカカシの髪を
そっとかき上げる。
カカシが起きないのを見て、更にもう少し大胆にカ
カシの頬に触れた。
それでもカカシは起きず、薄く開いた唇に指を這わ
せる。二、三度なぞると、オビトは自身の唇を微かな
圧力で合わせた。