ハウスタウン C1インヒビター活性

宴の庭荘

 

 

C1INH活性>その1

 

 

 カカシは、先週心室中隔欠損のオペをした原田

楓の部屋へ回診の為向かった。扉の前で母親に出

会う。

 

「先生。おはようございます」

 

「おはようございます。楓ちゃんは?」

 

「朝ごはん食べてまた寝ちゃんたんですよ。私も

ちょっと疲れて付き添いはおばあちゃんと交代し

て、家へ戻ろうと思ってます」

 

「そう言えば、瞼が腫れているようですね。寝不

足ですか?」

 

「あ、気づきます?やっぱり・・・。さっきから

顔が腫れぼったくて・・・。朝から頭が痛くて薬

を飲んだり、どうも看病疲れかしら・・・」

 

 母親の話を聞いて、カカシは顔が曇る。

 

「頭痛薬を飲んだ後に瞼が腫れてきたんですか?

息は?呼吸しにくい事ないですか?」

 

「え?はあ・・そうですね・・・今までは気付か

なかったけどそう言われれば、何だか喉が詰まる

感じが・・・」

 

「お母さん、今すぐ救急外来で診察を受けてくだ

さい。それは鎮痛剤の副作用の可能性があります」

 

「え?そうなんですか・・・?」

 

 丁度、看護師の春野サクラが通りかかる。

 

「あ、春野君。今すぐ楓ちゃんのお母さんを車椅

子で救外に連れて行ってくれ、連絡は俺からして

おくから。最優先で診てもらうように。血管神経

浮腫の疑いだ」

 

「はい。」

 

 春野サクラはすぐに、廊下の角に畳んでいた車

椅子を持ってくる。

 

母親は固辞した。

 

「そんな、車椅子なんて大げさな・・・。外来ま

で歩けますよ」

 

「いいえ、お母さん。急ぎましょう。途中で息が

苦しくなるかもしれません。車椅子に乗ってくだ

さい」

 

 カカシから疑わしい病名を聞いたサクラは、母

親を車椅子に乗せ急いで救急外来へ向かった。

 

 

 カカシは胸ポケットから院内PHSを出し、救

急外来の受付を呼び出す。

 

「小児科のはたけです。今日の救外の内科の責任

者は?いるか先生ね。いや、いい、直接いるか先

生にかけるから」

 

 一度電話を切り、いるかのPHS番号を呼び出

す。

 

「はたけです。お手数をかけてすいませんが、俺

の患者の母親が今から救外に行くので診てもらえ

ますか?血管神経浮腫の疑いです。すでに呼吸症

状が出てます。ええ、挿管の用意もしてもらった

方がいい」

 

 母親の苗字を告げ、カカシは電話を切った。

 

 

 

 その日の昼過ぎ、カカシのPHSが鳴る。

 

「いるかです。午前中に紹介頂いた原田さんは、

やはり血管神経浮腫でした。C1INH活性やC

3、C4、C50など採血して確定しました。カ

カシ先生の判断があり、素早く対応できたので経

過は順調です」

 

 カカシが急な依頼を受けてくれた事を感謝し、

PHSを切ろうとするといるかより食事に誘われ

る。

 

「今日ですか・・・?」

 

 今週の土曜日は二人とも休みだから、金曜日の

夜から逢えますねと話していたテンゾウの顔が一

瞬浮かび、声に僅かな戸惑いを忍ばせたカカシに

いるかはたたみかかけてくる。

 

「カカシ先生、もし今日が無理なら明日はどうで

すか?明日はお休みでしょう。」

 

 いるかはカカシの患者の母親を治療してくれた。

無下に断れない。

 

「いいですよ」

 

 時間を約束して、カカシはPHSを切る。

 

 

 

 テンゾウは真夜中のマンションの廊下を歩いて

いた。自分の靴音だけが、鉄筋の廊下に響く。

 

カカシから今日は遅くなるとの連絡を受けて

いた。先週から約束していた金曜日の逢瀬を、こ

ともなげに覆すカカシに苛々して、何時頃戻るの

かと問うと、時間は判らないから適当な時間に

家に来て待っていてくれたらいいと言う。

自分の言葉のめめしさと、カカシから戻ってき

た言葉の余裕さに傷つきながら、それでもこうし

て実際に来てしまう。

結局、逢いたいのは自分の方なのだと自覚させ

られる。

 

 

 オートロックのロビーの前で一度インターホン

を鳴らしたが応答はなかった。すでに0時は過ぎ

ているのに、カカシがまだ帰宅していない事に軽

く焦燥感を覚えながら、合鍵で中に入りエレベー

ターで5階に向かい、カカシの部屋に向かって廊

下を歩いている。

 

 ほぼカカシの部屋の前というところで、車の止

まる音がした。5階の廊下から下を見ると、タク

シーからカカシが降りて来る。続いてもう一人男

が降りてきた。

 5階から見る人物はかなり小さいが、知ってい

る人物なら充分判別はつく。それに二人がタクシ

ーから降りた場所は、丁度街灯が明るくあたりを

照らしていた。

 

 カカシの降りた後から続いて出てきたのは内科

のイルカ医師だ。挨拶に車を降りたのかと思った

が、タクシーは二人を残して去って行く。何やら

話しているようだが、声は聞こえない。

 

 テンゾウが5階から見下ろしているその中で、

イルカがカカシを抱きしめた。周囲が暗い分だけ、

街灯で照らされているそのあたりは明るく二人を

映し出す。

 

 カカシはイルカを振り払い、マンションに向か

って歩き出すがいるかがその手を捉まえ、また引

き戻すように抱きしめた。

今度、カカシは抱きしめられたまま立ちすくん

でおり、5階から見下ろしているテンゾウにも、

二人の唇が重なるのが見える。暫く後、ようやく

イルカがカカシから離れて、車道へ向かった。

カカシはほんの少し、いるかの背中を見送り、マ

ンションに入る。

 

 

 テンゾウは、廊下から動けず二人を見下ろして

いた。

街灯の明かりの中、まるでドラマのワンシーン

のような光景に、何だか現実味が感じられず、テ

ンゾウは廊下に足が張り付いたようにその場から

動く事が出来なかった。

カカシの姿が、マンションに隠れて見えなくな

り、大きく息を吐く。そこで初めて、自分が無意

識に息を止めていた事に気づく。

テンゾウはほんの少しこの場でカカシを待と

うかと思ったが、一瞬の躊躇の後、すでに前まで

来ていたカカシの部屋の中に入った。後ろ手に中

から鍵を閉め、ゆっくりとリビングに歩く。

 

上着を脱ぎ、ソファに座りもう一度大きく息を

吐く。

持て余す程の心の動揺と同時に、意識は鋭敏に

研ぎ澄まされていく感覚。

 

カカシが廊下を歩く音が聞こえる。鍵を出し、

差し込む。ガチャリと鍵を開け、ドアを開ける。

中にいる自分を見つけ、いつもの笑顔を見せるだ

ろう。何事もなかったかのように、いつのものよ

うに余裕の態度で自分に対峙する。

 

 カカシは愛される事を当然とし、愛しているの

は自分なのだ。

 

「あ、テンゾウやっぱり来てたの?」

 

 靴を見つけたのだろう。明るい声で呼びかけな

がら自分に近付いてくるカカシを、テンゾウは黙

って見つめた。

 

 

宴の庭荘  その2