Winter color
7章
木の葉大賞はすでに出版されている作家の作品では
なく素人の投稿小説を対象にした賞であり、一度月間
賞を受賞しているとはいえ、審査するプロの作家に原
稿を見せるまでに更に推敲を重ねる必要がある。
カカシに告白し、思いもよらぬOKの返事をもらっ
た。テンゾウとしては週末デートのプランでも考えた
いところだが、年間木の葉大賞の選考日が迫っている。
今年のエントリーの最後の月間賞に決まった奈良シカ
マルの原稿チェックを間に合わせなければならない。
さらには綱手編集長から来年新年号をメインで担当
するように言われ、普段の月間木の葉賞の選考と同時
進行でその企画も進め、仕事は多忙を極めていた。
カカシの方も、木の葉大賞発表特別号となる12月号
の編集をメインで行うことになっており、選考会の準
備と合わせてやはり多忙だった。
せめて昼休みのランチでも一緒にと思うが、自来也
担当を一緒にしているサスケと何かと話したり、時に
は二人で外出しそのまま直帰となることもあり、なか
なかその機会が得られない。
互いに忙しいのは仕方がないとして、テンゾウは普
段無口なサスケがカカシのことになると、饒舌で積極
的なことが気になっていた。それこそ自来也のセクハ
ラは、サスケがいるから大丈夫と思ってはいるが、そ
のサスケにも猜疑心や嫉妬心を抱いてしまう。
土曜出勤した帰り道、携帯を取り出しカカシのアド
レスを立ち上げる。
明日、日曜日に誘ってもいいだろうか・・・。やは
り疲れているだろうか・・・。逡巡しては、我ながら
まるで初恋に戸惑う中高生のようだと自嘲する。
少し落ち着こうとテンゾウは思う。浮かれるばかり
では仕事に対し真面目なカカシに軽蔑される。彼に負
担をかけることなく、いやむしろ彼の手助けができる
編集者にならなければ。テンゾウは携帯をポケットに
なおし、自宅へ向かった。
審査員がホテルに泊まり込んでの年間木の葉大賞選
考会が無事に終わり、奈良シカマルの作品が本年度の
大賞に内々で決まった。
テンゾウは担当編集者としてかなり嬉しく、聞いた
ときは思わずガッツポースが出た。ふとカカシと目が
合い、テンゾウのポーズを見て微笑んでいる彼をこの
まま皆の前で抱きしめ喜びを分かち合いたいと思う。
編集長の反対を押し切って、二人で推薦した作品がプ
ロに評価されたのだ。
そうだとテンゾウは思いつく。互いに12月号、1月
号担当で忙しさは続いているが、推薦した奈良シカマ
ルの作品が大賞に決まった祝いと称して、思い切って
カカシを誘えばいいと。何も理由がなくても誘えばい
いのだが、中々言えなかった。これはチャンスだ。
こじんまりしたイタリア洋食の店の奥まった個室を
テンゾウは予約し、約束した10月はじめの週末を迎え
た。
「美味しい」
「良かった」
シカマルの大賞を乾杯で祝い、カカシが食事を口に
してその感想を述べた頃、ようやくテンゾウは緊張が
解けてきた。
告白してからデートらしき二人だけの逢瀬は実は今
日が初めてだったから。
「カカシさん」
コースの料理はほぼ出尽くしたところで、テンゾウ
は確認したかった事を聞く。
「何?」
「あの、選考会中自来也先生から強引な誘いとかはあ
りませんでしたか?」
「ああ、大丈夫、大丈夫。別に去年のもおふざけ半分
なものだったし、なにより今年はサスケが一緒だった
から」
カカシが明るく言う。
「・・・サスケって・・・無口ですがカカシさんとは
よく話しますよね。親しいというか・・・彼はどうし
てカカシさんを呼び捨てにしているんですか」
「ああ、あれはね」
カカシがさも可笑しそうに笑いながら話す。
「最初の出会いで『畑主任』って言われたから、お前
にも言ったと思うけど、役職はつけなくていいって言
ったんだよ。そしたら今度は『畑』って、主任をとっ
て苗字を呼び捨てされてさ。いや、いくらなんでも苗
字の呼び捨ては困るなあって言ったら今度は『カカシ』
って名前を呼び捨てしたの。俺もう、そのあたりで可
笑しくて・・・。それで笑ってたら注意しそこねて、
あいつからは名前で呼び捨てされるのが定着しちゃっ
た」
「・・・なんですかそれ?サスケって頭良さそうなの
に、一般常識が欠如してるとか?」
「あはは・・・うんまあそういうことかな・・・。最
初、電車の乗り方も知らなくてねえ。電話の受け答え
とか酷いもので一から教えないと駄目だった。最近は
かなりマシでしょ。俺への呼び方はともかくね」
「電車乗れないって、都心に住んでてそんな人いるん
ですか?もしかしてかなりのお坊ちゃん?」
「うん、本人も隠してないし、みんな知っていること
だから言うけど、うちは警備保障って知ってる?」
「ああ、テレビCMなんかも盛んにしているあの会社
ですか?」
「そうそう、あいつはそこの創業者一族の息子」
「え?じゃあなんでサスケは木の葉出版に・・・?」
「さあ?まあ、兄貴が既に社の幹部になっていて将来
は社長業を継ぐみたいだから、自分は自由に好きなこ
としているのかも。俺もそのへんはよく判らないけ
ど・・・。ただ、家は超豪邸で手伝いも複数いるよう
な環境みたい。学校も運転手が送迎していたとか聞い
たことがあるよ。あいつのちょっと浮世離れした感じ
は、そういうところから来るのかもな」
「はあ・・・。カカシさん、サスケに対して随分理解
が深いというか、目にかけているんですね」
カカシがちょっと顔をあげてテンゾウを見つめ直し
た。
「なんか引っかかる言い方。俺は部下全員目をかけて
いるけどな」
テンゾウは一瞬言葉に詰まったが、素直に謝った。
「・・・すいません・・・。カカシさんとサスケが一
緒にいる時間が長いので、正直妬いているのかも・・・」
「妬く?」
「はい。自来也先生がカカシさんを気に入っていると
いう話を聞いた時、僕もカカシさんを守らないといけ
ないと思ったのに、サスケに一歩先を越されてしまっ
たことを後悔していました。それからサスケとカカシ
さんはずっと一緒で・・・」
テンゾウは一口ワインを飲んで言葉を続けた。
「週末とか誘いたかったけど、ふわついていないでカ
カシさんに認めてもらえるよう仕事で結果を残そうと
思って遠慮していました。でも選考会最中とかカカシ
さんとサスケは今頃一緒にいるんだとか考えてしまっ
て・・・。なんかみっともないですよね。男の嫉妬な
んて・・・」
不意にカカシが口元を手で抑えた。
「あの?どうかしましたか?」
「いや、ちょっと嬉しくて・・・。にやけそうだから
顔隠した」
カカシが口元を押さえながら言う。
「え?」
「俺は、会えない日曜とかにお前からメールも電話も
なかったから、気になってて・・・。自分からすれば
いいんだけど、もし忙しかったら先輩からの誘いは負
担にならないかとか考えちゃって。一人やきもきして
みっともない日を過ごしてた」
「ほ、ほんとに?」
テンゾウはカカシがメールや電話がないことを気に
していたんだと思うと嬉しさがこみ上げてくる。
「うん、ほんと・・・。一人ヤキモキの俺も、同僚に
妬いてしまうお前も確かにみっともないかもしれない
けど・・・。でもさ、人間て好きな人のことではみっ
ともなくなるんじゃないかな・・・」
カカシの言葉がテンゾウの心に静かに浸透していく。
「カカシさんの好きな人って僕のことですか?」
泉から両手で水を掬い上げるように、その言葉を繰
り返す。
「そうだよ。わかってるだろ」
カカシは微笑みながら答える。
「言わせたかったんです」
個室内のテーブルは4人用だった。テンゾウは席を
立ち、カカシの横の空いている席に座りなおす。そし
てその頬を両手で包み込むようにしてカカシに口づけ
る。
「ん・・・」
カカシの口内を弄り、舌を絡める。好きで好きでし
ようがない。同僚に嫉妬するぐらい。
唇が離れると、カカシの背に手を回し抱きしめる。
「カカシさん、好きだ」
耳元で囁く。
「うん」
カカシが短く答える。
「・・・抱きたい・・・・」
テンゾウの言葉に、腕の中にいるカカシの身体が一
瞬硬直した。その反応にカカシの戸惑いを感じながら、
それでもみっともないほど好きだからこの想いは止め
られないと、勇気をふるって言葉を繋ぐ。
「すいません、突然・・・」
「・・・・・」
カカシは無言でテンゾウの腕の中にいる。
テンゾウは真摯な気持ちを伝えようと更に言葉を尽
くす。
「か・・・体の準備をしなくちゃいけないとか・・・
負担があるのも判ってます・・・。ネ、ネット見たり
したので・・・。で、でもあのものすごく気をつけま
すし・・・」
「・・・テンゾウ・・・」
「ロ、ロロ、ローションとか僕が用意しますし、いや、
実はしてあるというか・・・つ、通販で・・・」
「テンゾウもういい」
「経験はないですけど、カカシさんを傷つけないよう
に手順の知識もですね・・・」
「テンゾウ!」
カカシはテンゾウの口を自分の手のひらで押さえた。
「恥ずかしいから、それ以上」
「ふ、ふゅいましぇん・・・」
カカシの手で口を押さえられたまま謝る。
カカシがテンゾウの口元から手を離し、白い肌を薄
く桃色に染めて小さな声で呟いた。
「いいよ、来週なら・・・。月曜も祭日だし・・・」
テンゾウはその言葉を聞き逃さない。
「来週?来週ですね。あの、僕の家に来てくれますか?
夕食も用意します。大学から親元出ていたので割と得
意なんですよ。そうだ、何かリクエストありますか?」
機会を逃すまいと一気にたたみかける。
「サンマの塩焼きとナスの味噌汁」
「え?そんな感じでいいんですか?夕食ですけど」
「そんな感じって?」
「良いように言うと純和風な・・・」
「悪いように言うと?」
「・・・粗食?」
「何言っているの。秋の味覚の一番贅沢な組み合わせ
だろう。俺はそれが好物なの」
「あ、すいません。いや、そうですね。秋ですもんね。
じゃあ、とにかく夕飯は任せてください」
カカシの好物を粗食と表現してしまい、テンゾウは
慌てて付け加える。
「じゃあ行くから・・・、来週土曜日お前の家に」
「はい」
二人が見つめ合い、もう一度互いに唇を寄せようと
したとき、デザートお持ちしました、という従業員の
声が聞こえた。
カカシの隣の椅子からテンゾウがビュンと慌てて立
ち上がり、それがまるでコントみたいで可笑しく、二
人して笑った。