Winter
color
6章
三連休明けは何かと雑事が溜まって忙しく、ふと時
計を見てもう夕刻かと驚く。テンゾウは二、三度肩を
ほぐし、おもむろに席を立つ。
編集部に彼がいなかった。外出とは聞いていない。
きっと彼はそこにいる。ああ、やっぱり。屋上への扉
を開けて、夕日が作る茜色の空間に佇むカカシを見つ
ける。
「さぼりですか」
「お前もでしょ」
二人のお約束の言葉を交わし、紅に染まるカカシの
横顔の造形美に目を奪われながら、テンゾウは会話を
繋ぐ。
「金曜日に一緒だった方たち、仲良さそうでしたね。
よく会っているんですか?」
「いや、それぞれ忙しいから。誰かの誕生日がある月
に集まるんだよ。別に野郎同士で祝いとかするわけじ
ゃないけど、集まるきっかけにね」
「へー・・・。じゃ、9月も誰かの誕生日?」
「そう俺の。9月15日」
カカシがテンゾウを振り返り答える。
「え?そうだったんですか。二日前ですよね。それじ
ゃあ、祝いましょうよ。僕が奢りますから一緒に飯行
きませんか」
テンゾウは突発的に転がり込んできた、いわゆる誘
うきっかけを逃すまいと一気にたたみかける。
カカシが微笑む。
「嬉しいけど、デートに金要るお年頃でしょ。無理し
なくていい。」
「本当に今はいないんですよ」
「そうなの?モテそうなのに」
「全然。カカシさんは?」
「俺も今はフリーだよ」
テンゾウは内心ガッツポーズを取る。失恋覚悟とは
いえ、彼女がいるのなら可能性は0どころか、マイナ
スとなってしまう。
「カカシさんこそモテるでしょう」
「よくそう言われるけどね。実際は全くだよ」
それが謙遜であることはカカシと少しでも一緒の時
間を過ごすとよくわかる。社内の女子はもちろん、時々
ランチを食べる喫茶店の女の子も、月間木の葉賞を受
賞して編集部に来た投稿者も、皆カカシを見ては顔を
赤らめ、精一杯の笑顔を見せていく。
「カカシさんの理想が高すぎるとか?あなたに釣り合
う美女を条件にしちゃうと、そうそういませんよ」
「俺と釣り合うってよく判らないけど、でも理想は高
くないよ。俺から出す条件なんて、人間であること、
くらい」
カカシが笑いながら答える。
「それを言うならせめて、女であること、じゃないで
すか?人間だけなら男も入っちゃう」
カカシがテンゾウを見る。
「そうだけど・・・でもとりあえず最初の条件は人間
であればいい。」
テンゾウもカカシを見つめた後、向きを変えて手す
りにもたれる。
「そんなこと言われると困るなあ・・・。期待しちゃ
うじゃないですか。僕でもいけるのかなって」
「・・・テンゾウ・・・」
太陽が沈みゆく前にその存在感を誇示するように、
周囲の景色を一層濃い赤に染めていく。カカシとテン
ゾウの間を、秋の気配を含んだ風が流れる。
暖かな春の陽気の中で、茹だる様な夏の熱気の中で、
陽炎立つ残暑の日差しの中で、何度もこうしてカカシ
と二人きりで話した。恋心を自覚してからは、黙って
見つめていることが、密かに想っていることが苦しい。
テンゾウは意を決する。カカシはテンゾウの気持ち
を知ったところで、接する態度を変えるとか仕事上で
理不尽な扱いをするような人ではない。カカシに限っ
てそんな心配は必要ないと確信している。
ただ、優しい彼を困惑させることになるだろうとは
思う。それでも・・・このまま黙っていても、何も進
めない、気持ちを伝えてはっきりと断られないと、ど
こかで期待してしまって、諦める事さえ出来ない。
「僕は、今まで付き合った人のことも好きでしたが、
それこそ人として好ましい、という感じでした。恋愛
とは違う。今は本当に恋をしているので、その違いが
わかるようになったんです」
カカシはさっきからずっとテンゾウを見つめている。
テンゾウは逃げ出したいような気恥かしさと戦いなが
ら、それでも精一杯の言葉を伝える。
「黙っているのが辛いから、申し訳ないけど言わせて
ください。あなたが好きで好きでしようがない・・・。
僕も人間ですけど、恋愛対象にはなりませんか?」
カカシはテンゾウを見つめたまま、ふわりとした笑
顔を見せた。
「テンゾウ・・・俺、さっきから自分でも笑っちゃう
くらい余裕がない・・・。冗談なら、そろそろ種明か
ししろよ」
「違う!」
テンゾウはガバっとカカシの肩を掴む。カカシの冗
談という言葉に、考えるより行動が先に出てしまう。
「冗談なんかじゃない・・・。僕は、本気でカカシさ
んに恋してる。好きなんです・・・・。気持ち悪いと
思われても仕方ないと自覚してますけど・・・。言わ
ないと、諦めることもできないから・・・」
「本当に?」
「はい」
「冗談じゃなく、俺が好きなのか?」
「・・・上司にこの手の冗談言うほど馬鹿じゃないで
すよ」
肩を掴まれたまま、カカシは呟く。
「そうか、ありがとう・・・」
カカシが答えた後、少し間を空けて言葉を続けた。
「お前が俺のことを好きならいいのに、って思ってい
たよ。だから・・・」
「え?・・・」
「だからお前がさっき、期待しちゃうとか言った時か
らドキドキして・・・ほんといい歳して自分でもおか
しい・・・」
「え?」
テンゾウは疑問符しか言葉が出てこない。
「嬉しいよ。俺もお前が好きだったから」
「え?ええっ?」
テンゾウはカカシを真正面から見つめる。
「あの、カカシさんそれって・・・」
テンゾウはやや上ずった声でカカシに問う。
「それって、それってつまりOKってことですか?」
「うん」
「あの、僕たち、野郎同士ですよ」
「あはは・・・知ってるって。でも人間同士だろ」
「本当にいいなら、キスしますよ。いいんですか」
「いいよ」
カカシは躊躇いなく答える。
テンゾウは左手でカカシの肩を抱き、右手をその頬
に添えた。ゆっくりと唇を近づける。遠慮がちに一度
触れ合うと、後は高ぶる感情のままに口付ける。カカ
シと両想いという思いもよらぬ結果に、行動の制御が
出来ぬままテンゾウは夢中で舌を絡める。
「ん・・・」
「・・・カカシさん・・・」
一度離れてもまた啄む動作から繰り返し、しばらく
後にようやくカカシの唇を解放した。
「カカシさん・・・なんだろう・・・これ現実かな」
テンゾウはカカシの背中に腕を回して抱きしめた。
そうして呟く。
「カカシさんにOKしてもらえるとは思ってもみなかっ
た・・・夢みたい」
「小説投稿雑誌の編集者にしてはベタな言い方だな」
「あ、すいません」
甘い空気に浸っているといきなり先輩編集者として
指摘の言葉が返ってきて、思わず謝る。
「はは・・・本気で謝るなよ」
カカシはいつまでも自分を抱きしめて離そうとしな
いテンゾウの背をぽんぽんと叩いた。
「そろそろ戻ろう」
「はい」
一歩踏み出した時テンゾウはちょっと躊躇ったが、
思い切ってカカシの手を取る。振り払うこともせず、
カカシはそのままテンゾウと手を繋ぎ、建物へと続く
扉に向かって歩き出す。
沈みかけている太陽が作り出す二人の細長いシ
ルエットが、扉の前でもう一度重なりあった。