Winter
color
4章
年間木の葉大賞の今年の選考委員は、年度始めには
自来也という50代の男性作家と、うたたね小春という
70代の女性作家に決めて、スケジュールも押さえてい
た。
編集会議でサスケなどはもっと若い世代の作家に依
頼すべきだと主張していたが、編集長の綱手はすかさ
ず言い返す。
「そもそもエントリー対象となる月間木の葉賞を決め
ているのは、お前たち若い編集委員なのだから、その
中から選ぶ大賞はベテラン作家に頼んだほうが、幅広
い読者層に受け入れられる作品が選ばれることになる。
世の中、若い奴ばかりじゃない。むしろ文芸作品に財
布の紐を緩めるのは壮年期だよ」
綱手の言葉は説得力があり、サスケも最後には納得
していた。
今年の大賞候補となる12作品が決まり、9月の編集
会議で、10月1日から二泊三日ホテルに泊まり、選考
を行う際のうたたね小春の世話係的担当が春野サクラ
と決まった。それで会議が終わろうとしていたので、
テンゾウが聞く。
「あの自来也先生の担当は決めないのですか?」
全体に苦笑するような空気が会議室を包む。
「それはもうカカシに決まっている」
綱手がニヤリとして答えた。
「そうなんですか?」
「テンゾウさんは今年に来たばかりだから知らないで
しょうけど、カカシ主任は自来也先生のお気に入りな
のよ」
サクラが付け加えた。カカシは黙ったまま苦笑して
いる。サクラは更に楽しそうに話す。
「自来也作品に時々出てくるでしょう?男色の設定と
か、男娼を仕事にしてる青年とか・・・。自来也先生
自身、自分はバイだって公言しているしね。そういう
意味でカカシ主任は気に入られているの」
「え?」
テンゾウは固まる。それではカカシを自来也の担当
にするのはライオンの檻の中に自ら入るようなもので
はないか。編集長に抗議の声をあげようと思ったその
時、サスケが言葉を発する。
「編集長。面白がっている場合じゃないだろ。去年は
マジに危ないとこまで追い詰められたんだぞ。もうい
い加減カカシは外したほうがいい」
日頃プライベートな事への発言はほとんどしないサ
スケの言葉に皆が注目する。
「マジに危ないとこってなんだ?」
綱手が聞く。
「去年の木の葉大賞の打ち上げで、自来也自身が言っ
てた。もうちょっとでカカシをモノに出来たのに逃げ
られたとか」
「そうなのか?」
綱手が今度はカカシに聞く。
「まあ、ちょっと選考中のホテルの部屋に呼ばれて抱
きつかれた・・・ってくらいです。適当に逃げました
が・・・」
カカシは苦笑したまま答えた。
テンゾウはカカシが自来也に抱きつかれたという言
葉で更に動揺する。見知らぬどこかのオヤジがカカシ
に抱きつく。考えるだけでまるで自分が抱きつかれた
かのような嫌悪感が襲う。許せない気持ちと、何より
今年の危険を回避しなくてはという思いがぐるぐると
巡る。
綱手がカカシの言葉を受けて発言する。
「ほら、カカシも子供じゃないんだから本気で危なけ
りゃちゃんと逃げてるだろ。担当を外すと自来也の機
嫌が悪くなる。今回も相場より低い報酬で選考委員を
引き受けてくれているからな。カカシ効果だろう。今
年もせいぜい愛想振りまいて、ついでに新作をうちで
出版するように話をしてこい。エロじじいでも奴は売
れっ子だからな」
「げー、ひでえ。パワハラでセクハラの強要じゃん」
ナルトが綱手の言葉にツッコミを入れる。
「あはは・・・まあ、貞操守りながら頑張ります」
カカシはどこか人ごとみたいな軽い感じで、微苦笑
したまま答えた。
テンゾウがそんな軽い感じでいいのかと反対の言葉
を発しようとしたその時、またも一瞬早くサスケが綱
手を呼び止める。
「編集長、カカシを外せないなら俺も自来也のところ
へ一緒に行く。それならいいだろ」
「さっきからお前は何だ。カカシ、カカシってカカシ
の用心棒か。全く・・・まあ、若い編集者が勉強のた
めについていくということで、自来也のおっさんに伝
えておこうか」
そこで綱手がにやりとしながら付け加える。
「サスケもいい男だからな。案外お前の方が気に入ら
れたりして」
綱手は豪快に笑いながら会議室を後にした。
カカシはサスケに向かってにこりと笑った。
「俺を心配してくれてるんだ。ありがとね、サスケ」
サスケはふいっと横を向いて出て行く。不貞腐れた
ような表情をしているが、それが照れ隠しということ
は明らかだった。
テンゾウは自分もカカシを庇う言葉を言うつもりだ
ったのに二度もサスケに先を越され、更にカカシがサ
スケに笑いかけるのを見て、言いようのない不愉快さ
が全身をめぐっていた。
少し気分を落ち着けようと、会議室を出てそのまま
自販機へ缶コーヒーを買いに行く。いつもの銘柄を買
って屋上へ向かった。
9月の夕刻は、残暑の中に秋の気配を感じさせ、頬を
掠める風も、夏の熱風とは違い幾分か冷気を含んで心
地良い。西の空には茜色の夕日が周囲のうろこ雲を赤
紫に染め上げて、沈もうとしている。
「綺麗だな・・・」
圧倒的な自然の美しさの前にテンゾウの心は素直に
なっていく。
この身体を巡る不愉快さは怒りと嫉妬だ・・・。テ
ンゾウは自分の中の様々な感情を認める。立場を利用
してカカシに迫る自来也という作家には怒りを、そし
てカカシを庇い笑顔と礼をカカシから引き出していた
サスケには嫉妬している。
どうしてか・・・それはカカシが好きだから・・・
自分は・・・自分はカカシに恋している。
自覚してそれを認めたら心が楽になった。同性を好
きになることに戸惑いと躊躇があって、彼に見つめら
れるだけで胸の高鳴りを感じても、それに理由を求め
たりしなかった。自分の心の内に気づかぬふりをして
いたのだ。
でもこの夕日を理屈抜きで綺麗だと思うように、誰
かを好きになるのに、小難しい理屈なんてない。カカ
シがとても魅力ある人だから・・・だから恋したのだ。
もっとも受け入れてもらえる可能性はないよな。自
覚と同時に失恋か・・・。
自身の心に素直になって気持ちは軽くなったが、今
度は失恋という現実に切なさが纏う。大きくため息を
ついて、手すりにもたれて缶コーヒーの蓋を開ける。
一口飲んだところでまっすぐ自分に向かってくるカカ
シが視界に入った。
カカシは手にテンゾウと同じ銘柄の缶コーヒーを持
っていた。テンゾウのすぐ近くまで来ていつもの優し
いふわりとした笑顔を見せる。
「お疲れ、サボり?」
「カカシさんもでしょう」
「ふふ・・・」
カカシが少し眩しそうに目を細めながら夕日を見る。
「綺麗だな・・・」
「そうですね」
テンゾウも振り返り答える。同じ銘柄のコーヒーが
好きで、同じ作品を良いと思い、今日の夕日を見て同
じく感動する。
カカシさん、僕はあなたが好きです。言葉に出来な
い想いを、テンゾウは心で呟く。