Winter color
3章
年末の年間木の葉大賞のエントリーは、毎年9月から
翌年の8月までの、月間木の葉賞に選ばれた12作品
から選ばれる。年末の木の葉大賞は本職の作家が審査
員となり選考しているが、月々の月間木の葉賞は出版
部の編集員で決めていた。
今年の大賞の最後の候補となる8月分の月間木の葉
賞を決める編集会議は意見が割れ、長時間に渡っていた。
「だから俺はこの『砂の記憶』がいいって思うってば
よ」
「それは作者の独りよがりが全面に出過ぎているでし
ょ?構成は悪くはないと思うけど。まとまっているの
は、『チヨさんを訪ねて』だと思うわ。」
「まとまりは怠惰だ。俺は『大蛇の夜』の独創性を買
う」
若い編集員がガチャガチャと言い合う中で、綱手は
テンゾウに意見を聞く。
「お前はどうだ?やっぱり最初から押していた、『鹿が
歌う』がいいか?」
テンゾウは大きく頷いた。
「『鹿が歌う』はシンプルな話ですが、行間からは静謐
な森など、主人公を取り巻く世界がふわっと浮き出て
来るかのようで、巧みな文章に作者の頭の良さを感じ
ます。『鹿〜』も十分に完成度は高いですが、この作者
は次も期待ができますしね」
綱手はカカシに話を振る。
「カカシは?」
カカシはそれまで黙っていたが、綱手に言われて口
を開いた。
「今回は、平均的にレベルが高い。『砂』も『チヨ』も、
『大蛇』も他の月なら選ばれているでしょう。ただし
今回は『鹿が歌う』が頭一つ出ていると思います」
綱手がう〜んと言うように腕を頭に上げた。
「カカシも『鹿』かあ・・・」
「編集長は?」
「私は『チヨ』がいいと思ったんだが・・・」
「ほら、そうでしょ。編集長が押しているんだから『チ
ヨ』でしょ」
サクラは編集長と自分が同じ意見であることに勢い
づく。
「『チヨ』は確かに全体にまとまりが良いが、それだけ
でなくラストの発展性が話を引き締めている。私はか
なりいいと思っている」
あらためて綱手編集長が言うと、ナルトも同調し始
めた。
「まあ、確かに『チヨ』はラストの読後感が良かった
てばよ」
「じゃ、『チヨ』で決めましょう、もう」
話し合いは長時間続いており、サクラはまとめの言
葉を口にした。
「待って」
「待って」
カカシとテンゾウが、二人同時に同じ言葉を発した。
周囲は二人を見、二人はお互いを見つめ合う。
カカシがニコッとして先に口を開いた。
「テンゾウ先に」
「あ、はいすいません。それじゃ」
カカシに言われてテンゾウは話し始める。
「今回は『鹿』がいいと思います。編集長の言われる
こともそうだと思いますが、この『鹿〜』の作者の才
能は選考から落とすには惜しいです。僕は今回、この
意見を譲れません」
皆はテンゾウのきっぱりとした言い方にやや驚く。
サクラ達より年上とはいえ、4月に異動してきたばか
りのテンゾウはやはりまだどこか遠慮しているところ
もあり、こんな風に自分の意見を押し通す事は今まで
なかったからだ。
「カカシは何が言いたかったんだ?」
綱手が聞いた。
「同じです。今回、この『鹿は歌う』を落とす事は俺
も受け入れられません。木の葉大賞の可能性もある作
品です」
カカシもまたきっぱりと言い放つ。いつも若手の意
見に耳を傾けるカカシらしくないとも思える程の言い
切りだった。
サクラが編集長と同じ意見だったことに勢いづいた
ように、テンゾウはカカシと同じ意見だったことが無
性に嬉しく感じた。意見を言い終えたカカシを見ると、
カカシも視線をテンゾウに向け、目が合うとカカシは
再びニコッと笑いかけた。
テンゾウは思いがけなく顔が熱くなり、自分でも訳
が分からずドギマギして視線を下に落とす。イケメン
とかハンサムとかかっこいいとか、ありきたりな人を
褒める言葉は幾つかあるけれど、カカシの醸し出す穏
やかで優しい雰囲気は、ありふれた言葉だけでは表せ
ない彼の魅力を加味している。
なんだってあの人出版社のサラリーマンしているん
だろう。一般ピープルにしておくのはもったいな
い・・・、自分があの顔なら美形を生かす仕事探すけ
どな・・・テンゾウはカカシに見つめられて急激に沸
き起こった気恥ずかしさを紛らわしたくて、そんな雑
事を考えながら下を向いていた。
二人が視線を交わすのをサスケは見つめる。机の下
手に握っていた鉛筆を二つにへし折ってから、おもむ
ろに口を開いた。
「編集長、どうするんだ?『チヨ』か『鹿』か?」
朝から続いた編集会議がようやく終わり、テンゾウ
は何台かの自動販売機とパイプ机が3つ程置いてある
ビル内の社員向け休憩所に缶コーヒーを買いに行く。
するとそこにカカシが先に来ており、テーブルに肘を
ついてコーヒーを飲んでいた。
「カカシさん」
「おやテンゾウ、またサボり?」
「それあなたもでしょう」
テンゾウの返しにカカシがふふっと笑う。本当にカ
カシに笑顔を見せられると、気持ちがざわつく。何だ、
この表現し難い感情は・・・。テンゾウは自分でも意
味のわからない動揺を悟られないように、殊更になん
でもない素振りを装い、コーヒーを買ってカカシの前
に座った。
「カカシさんも『鹿〜』押しで、僕の編集員としての
感覚も間違ってないなと思って嬉しかったです」
「うん、あれは良かったよ。お前あの作者、奈良何と
か・・・の担当になる?」
「ほんとですか?」
「お前がいいなら編集長に言っておくよ」
「はい。頑張ります」
結局8月の月間木の葉賞はカカシとテンゾウが押し
た作品に決まった。
カカシとは話しをしていて感覚が同じと思うことが
多々あり、それ以外にもよく同じ行動をしてしまう時
がある。
テンゾウが買ったのと同じメーカーのコーヒーを飲
み干すカカシを見つめながら、こういうのを相性が良
いっていうのかな・・・テンゾウはふと脳内に浮かん
だそのフレーズが、後輩が会社の先輩に抱く感情と言
うにはどこかちぐはぐで、どうしてカカシに対してこ
んなことを考えてしまうのだろう・・・と思う。
「テンゾウ、どうした?顔が赤いけど?」
「い、いえいえなんでも」
カカシに見つめられると、やはりドギマギする。
長い会議を終えて編集長やカカシ、テンゾウも何処
かへ行って姿が見えない編集部内で、サクラが隣のナ
ルトに話しかける。
「ねね、あの二人随分気が合うよね」
「ん?」
「カカシ主任とテンゾウさんよ。ほら、今月でなくて
も月間木の葉賞の選考さ、二人が選ぶのっていつも一
緒の作品でしょ。雰囲気は違うのにね、感性が一緒と
いうか・・・」
「二人だけの意見になったのは今月だけだろ。先月は
俺の推薦したのと被ってたし」
それまで黙ってパソコンに向かっていたサスケがふ
いに話に参加してきた。ナルトとサクラは驚いて振り
向く。仕事上の言葉は交わしても、無駄話しに自ら参
加するなんて、あまりサスケには見られない行動だっ
た。
自分の発言にナルトとサクラが驚いた様子なのも不
愉快で、サスケはイライラとした気分を鎮めるために
コーヒーを買いに休憩所に向かう。
そこでカカシとテンゾウが二人で同じテーブルに座
っているのを見つける。
特に口数が多いわけではないカカシが、テンゾウ相
手だと割とよく話す。それは以前から感じ取ってはい
たが、先程の木の葉賞選考のように、二人で気の合う
所を見せられると、言いようのない感情が沸き起こる。