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宴の庭荘

 

 

<エンドトキシン>その1

 

テンゾウは、内科のイルカ医師に依頼され、内科病

棟入院中の患者の、レントゲンフィルムを眺めていた。

 

「過去の左大腿骨折部は問題ないですね。」

 

「そうですか。痛みを強く訴えるものですから。」

 

「エンダーピンのずれもないし、骨頭壊死の兆候もな

い。この方は、長期臥床状態にあったんですよね。」

 

「ええ、膵炎で入院中に、エンドトキシン血症を併発

して、一時は危険な状態にありました。ようやく離床

を促すところまで回復してきたのに、痛みでリハビリ

を拒否傾向で。」

 

「長期臥床での廃用症候群からくる筋力低下の疼痛で

ょう。僕からもセラピストにリハの進め方を伝えてお

きますよ。」

 

「お願いします。」

 

今見た患者のカルテに、リハビリ科へのコメントを

記録し、テンゾウは内科病棟を出た。

 

「エンドトキシン血症か・・・。研修医時代にしか診

たことない。よく回復したもんだな。」

 

各科を回る研修医時代を経て、専攻する科に配属さ

れてからはどうしても専門馬鹿になる傾向がある。整

形では久しく聞いていなかった病態を聞き、テンゾウ

は後で最新治療を確認しておこうと、手帳にエンドト

キシンとメモした。

 

 

 

自分が所属する整形病棟へは、渡り廊下を通り西エ

レベーターを使用した方が近い。しかし昼食がまだだ

ったので、テンゾウは今いた内科病棟詰所の、目の前

のエレベーターにそのまま乗り込み、地下の職員食堂

へ向かうことにした。

 

8階からテンゾウ1人が乗り込み、7階で看護師と患

者が乗り込み、5階病棟でカカシと波風教授が乗り込ん

できた。外科、整形は西の別館にあり、日常カカシと

職場で出会うことは少ない。

 

小児科は今いる本館にあるので、出会ってもおかし

くはないが、よりによって何故、波風教授と一緒にい

るところなのかと、不愉快な気分になる。

 

エレベーターの中は、皆が一様に沈黙して通過して

いく階を記す明りを眺めている。

1階で患者と看護師が降りると、地下2階までのほ

んの数秒、3人だけの空間が出来上がる。

 

エレベーター内の奥の壁際にテンゾウ。入り口近く

にカカシと教授。二人はぴたりと横に並んでいる。

 

 

カカシとテンゾウは互いに、職場では接触を持たな

いでいる。

大病院であり、科も違えば物理的に出会わないとい

う事もあるが、秘密の恋を悟られたくないという状況

が、ことさら接触を避ける最大の理由だ。

 

それにしても、この疎外感は何なのだろう。何でも

ないような表情をして、恋人とその恋人に横恋慕をし

ている教授がぴたりと並んでいる後姿を眺めなければ

ならない。

手を伸ばせば触れる距離にいるカカシは、まるでテ

ンゾウの事など眼中にないかのように、振り返りもし

ない。

 

それが、互いに決めたルールとしても、やるせなさ

が募る。芝居ではなく、本当に眼中にないのではない

かと疑惑を持ってしまう。

 

 

 

地下2階に着き、扉が開くと同時に波風教授がカカ

シの耳元に口を寄せ囁く。

 

「今日は何食べようか?」

 

「そうですねえ・・・。ランチは今日は何だったかな・・・。」

 

教授の囁く息がくすぐったかったのか、カカシはち

ょっと首をすくめ笑いながら、エレベーターを出て行

く。

 

そんなカカシと同時にエレベーターを出る際、波風

教授がちらとテンゾウに視線を向ける。

 

ほんの一瞬目が合い、ふっと笑ったと思うとすぐに

視線を外した。前を向き、カカシと共に職員食堂の方

へ歩いていく。

 

知っているのだ・・・。

 

知っているのだと確信する。あの人は、波風教授は、

知っているのだ、自分がカカシの恋人という事に。

 

 

以前カカシに、波風教授から小児循環器学会の折告

白されたが、自分には恋人がいると断ったと聞いた。

しかし、波風教授は諦めていないのだろう。

カカシは元々、今は亡き父親を通じて幼い頃から波

風教授を知っていて、そして慕っている。

慕っているからこそ、自分を好きだと言った相手で

ある波風教授と、その後も同じように親しくしている

のだ。

 

いや・・・。

 

テンゾウは思案する。

 

いや、むしろよりいっそう親しくなっている。

 

つい1ヵ月前にも、医局図書室に2人でいるところ

を見つけた。

キスをしたとカカシは白状し、テンゾウはカカシを

縛り付けカテーテルで尿道を責めたりもした。しかし

カカシはそれ以降、自ら縛られるのを望み、あの日の

帰宅後も、後ろ手に縛りあげられながらのセックスを

カカシは受け入れていた。

何も反省することなく、さらに教授とは親密さを増

している。

 

 

珍しく本館エレベーターで会ったと言うのに振り返

りもしないカカシ。テンゾウに対し勝ち誇っているか

のように視線を投げかけ、口元だけで笑った波風教授。

 

2人の仲は進展しているというのだろうか。自分の知

らないところで、知らないうちに。

テンゾウの心に、強い疑念と負の感情が螺旋状にも

つれながら沸き起こる。

 

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