占い エンドトキシン

宴の庭荘

 

 

<エンドトキシン>その2

 

テンゾウに沸き起こった負の感情は中々消えること

なく、いつまでも重い鉛のように心の中に沈殿する。

 

食堂では、2人の親密な様子を見るのが耐えられず、

カカシと波風教授とからは死角になるような場所で、

テンゾウは早々に昼食を切り上げた。

 

 

そして整形病棟に戻りがてら、テンゾウは医者や病

院幹部が携帯している、院内PHSからカカシの短縮

番号を押した。普段は互いの連絡は個人の携帯でやり

取りをしており、院内PHSを使用する事はない。極

力、互いの関係を知られるような事は避けている。し

かし、今日は感情が理性を上回る。

 

「はい。畑です。」

 

PHSの向こうから、聞きなれたカカシの低音が流

れる。

 

「僕です。」

 

「はい。どうされましたか?」

 

ディスプレイの表示で、当然テンゾウからの電話と

判っているが、周囲に人がいる状況でカカシは当たり

障りのない表現を使っているのだろう。

 

「今週は大丈夫ですか?」

 

テンゾウも、病院廊下を歩きながらなので言葉は選び

ながら、カカシの週末の予定を尋ねる。

 

「それが・・・・・。」

 

カカシが言いよどんだ。

 

「土曜日は、小児科病棟の歓送迎会なんです。」

 

「・・・そうですか・・・。」

 

「看護師さん達の移動や退職があって、私も会に呼ばれてまして。」

 

「判りました。じゃあ日曜日は?」

 

「それは大丈夫です。」

 

「じゃあ、お待ちしてます。昼には来れますか?」

 

「大丈夫です。」

 

確かにこの時期は人事異動の季節だ。病棟の歓送迎

会なんて、調べれば判る事で嘘をつくことはないだろ

う。

テンゾウは土曜日の逢瀬を諦めて、日曜日の約束を

取り付ける。

 

 

PHSをポケットになおしながら、自分はどうして

こんなにもカカシに囚われるのだろうと思う。

恋人という立場にいるはずなのに、身体の隅々まで

知り尽くしているのに、カカシの心全てを自分に向け

ることが出来ない、そういう不安に常にさいなまれて

いる。

 

職員食堂入り口での、波風教授の振り返りざまの微

笑が、テンゾウの脳内から離れなかった。

 

 

 

 

その週の日曜日は、春の訪れはまだ先と思わせる、

かなり冷え込んだ日となった。

昼頃にはカカシが来る予定だったが、テンゾウはふ

と自分からカカシのマンションへ行こうと思い立つ。

 

こんな寒い日は、鍋でもしたら寒がりのカカシが喜

ぶだろう。鍋の材料でも買っていこう。

このところ、波風教授の存在に少し神経質になりす

ぎている自分がいる。

男同士、普段どうしても食事は外食になるが、家で

ゆっくり2人で過ごせば、自身の気持ちも晴れるだろ

うと思う。

 

 

 

鍋の材料を買い揃え、テンゾウは車をカカシのマン

ションの地下駐車場に滑り込ませた。車から降り、助

手席側に置いた買物を取り出そうとドアに手をかけた

とき、独特な低音のエンジン音を出しながら、ダーク

グレーのベンツが駐車場から走り抜けていった。

 

テンゾウはドアに手をかけたまま、ベンツが去った

方向を見つめる。

 

その車を運転していたのは、間違いなく、波風教授

だった。

 

波風教授はこのマンションの住人ではない。なのに

何故、彼はここにいたのか。

 

昨日、土曜日の夜は小児科病棟の歓送迎会だったは

ずだ。カカシと同じ小児科の波風教授も、もちろん呼

ばれていたのだろう。

そして今は日曜日の昼前。教授の車は走り去った。

来たのではなく、帰って行ったのだ。

昨日の晩、歓送迎会の後、このカカシのマンション

に泊まった、そう考える方がなにより自然だ。

 

 

エンドトキシン・・・。

 

テンゾウの心に、この前内科病棟で聞いた身体に重

篤な害を及ぼす、細胞外毒素の名前が浮かぶ。

 

まるでエンドトキシン張りの毒が全身を巡っている

ようだ。あらゆる負の感情を載せて、全身を駆け巡る。

自分に想いを寄せている男を、泊まらせる。カカシの

その神経が判らない。

 

いや、カカシも教授を慕っている。それは恋愛感情

ではないと、100%言い切れるのか?

 

 

テンゾウは深い溜め息をつき、そして携帯を取りした。

 

「先輩。僕買物して、近くまで来たんですよ。今から

そっち向かいますね。」

 

「あ、テンゾウの方から来てくれるの?じゃ、待って

るよ。」

 

電話の向こうからカカシの陽気な声が流れ、テンゾ

ウは適当に数分時間を潰してから、カカシの部屋に向

かった。

 

全身を巡る毒を抱えたまま。

 

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