今ひとたびの邂逅10
テンゾウはカカシとゲンマを見て乱れる心をなんと
か抑え、綱手に今回の諸国訪問中の暗部としての護衛
任務全般を報告する。
綱手からは道中無事であったことの謝意の言葉と、
特別休暇を与えられた。
「正規同行者にも休暇を与えたからな。お前たち暗部
もゆっくりするが良い」
「御意」
カカシも休みをもらえたと知る。ならば今度こそ話
し合う時間を取り、この不安をぶつけよう。
暗部装束を解くために控え室に向かう。そこでくノ
一の杏と出会った。
杏は以前から気安く話しをする仲間だ。とても綺麗
で上品そうな見た目なのだが、話すと明るくさっぱり
とした性格で一緒にいて楽しい。男女であるがゆえに、
その仲の良さを周囲にからかわれる事もあるが、テン
ゾウは気の合う友人の一人として付き合っている。
「テンゾウ!長期遠征ご苦労様。今日は上がり?」
「ああ。暫く休みももらえる」
「私も上がりなの。ご飯食べていかない?どうせ遠征
前に冷蔵庫の中は処分してたでしょ?」
「そうだな」
杏の言うとおり、遠征前には生ものの類は処分して
いく。このまま家に戻っても、食べ物は缶詰とインス
タントラーメンくらいしかない。
カカシもゲンマと一緒にいた。このまま乗り込めば、
とんでもない事を口走りそうだ。そう、少し時間をお
いたほうがいいかもしれない。
カカシもそのうち部屋に戻るだろう。まさかゲンマ
とそのまま夜を過ごすなんて、そんなこと有り得ない
と信じているから。
テンゾウは杏に誘われるまま一緒に早めの夕食を取
ることにした。
シャワーを浴び、一般人のいでたちで杏と賑やかな
木の葉の下町を歩く。
「そこのお連れさん!活きのいいウナギがあるよ。こ
れ食って今日は子作り頑張りな!!」
「まあ・・・」
杏が下を向いて頬を染める。
「ちょいとお前さん!なんてこと言うんだい。もうご
めんなさいねえ。この人ったら下品で」
魚屋の主人の頭を軽くはたいたおかみさんがテンゾ
ウたちに向かって頭を下げる。
「でも活きがいいのは本当だよ。今夜のおかずにどう
だい?」
威勢のいいおかみさんに軽く会釈をして、その場を
足早に去る。
「新婚さんにでも見られたのかな」
「そうだな」
テンゾウは沈んだ気持ちが少し紛れて、杏の問いに
笑顔で答えた。
「ねえ、テンゾウ」
杏がテンゾウを見つめる。
「何?」
「・・・ううん。何食べる?」
「僕は今回綱手様の護衛任務だったから、旅館に泊ま
って案外いいもの食べてた。だから杏が食べたいもの
でいいよ」
「じゃ、私の行きたいところでいい?」
「もちろん」
杏と一緒に店に向かいながら、新婚という言葉を反
芻する。それは自分には叶わぬことだ。でも一般の家
庭という幸せを捨てても、共に過ごしたいと思い焦が
れている人がいる。
今もゲンマと一緒にいるはずのカカシを想い、一抹
の不安が押し寄せるのを必死でぬぐい去る。
夜になれば、そうカカシとしっかり向き合って話し
をすれば、きっと何でもないことなのだ。
「ほんとにこのまま帰っちゃうの?」
「そう言ってるだろ」
カカシはゲンマの自分の家に来ないかという誘いを
断っていた。
「今から家に来いって、コーヒー飲むだけじゃないで
しょ」
「紳士の俺に失礼だなあ。第一、あなたに力づくは無
理でしょうよ」
「でもゲンマは口がうまいからね」
「それって、誘い方次第では俺になびく可能性もある
ってこと?」
そう言いながらゲンマはカカシの手に自分の手を添
える。
「ほら、なんかペースに持って行かれちゃうんだよ」
カカシは苦笑しながらゲンマの手を軽く押し返した。
「ほんとに寄るところがあってね」
「好きな女のとこ?それとも男?」
「・・・好きな男のとこ」
カカシの答えを聞いてゲンマの目が鋭くカカシを見
つめる。
「・・・同じ男に負けるとは、俺のプライドも砕ける
ね」
「もしそいつがいなかったら、お前になびいてたよ」
「二番目に好きだと言われて、喜ぶやつがいると思う
の、カカシさん」
「ごめん」
「それにしてもカカシさんは案外真面目だね。一晩の
遊びもしないとは」
「・・・実はその男とは崖っぷちでね。最近連絡も来
なくて、女と楽しげにいるところも見たし・・・。今
日は里内にいること分かってるから、話しをしようと
思ってて」
ゲンマが素直に驚いた表情を見せる。
「あんたをフル奴なんているの?」
「・・・家庭は持てないからな」
「あんたがいれば充分でしょ。少なくとも俺はね」
カカシはゲンマの言葉に微かな笑顔を見せて、そし
て一人分より多めのお金を置いて、店を出た。
はっきりさせなくてはと思う。好きな女が出来て飽
きられたにしろ、テンゾウの口から聞いたわけじゃな
い。
後輩の立場でそして自分から告白しておいて、別れ
てくれとは言いにくいのかもしれない。もしもそうだ
としても、そしてその仮説を考えると胸が締め付けら
れそうだが、それでも尚更はっきりさせなくては。
テンゾウは杏との食事を終え、暗部寮に向かってい
た。
すっかり夜も更けて、周囲は暗い。元々暗部寮は里
の中でも目立たぬところに建てられている。
女子寮と男子寮との別れ道で、じゃあと手をあげて
離れようとしたテンゾウを杏が呼び止めた。
「テンゾウ」
「何?」
「ねえ、私はあなたにとって何?」
「な、何って?」
「ただの友達?」
「え?」
「テンゾウ、私はあなたが好き」
そう言うと杏はテンゾウに抱きついた。
「あ、杏・・・」
「あなたは私ことどう思ってる?」
「どうって・・・」
「嫌い?」
「嫌いじゃないけど・・・」
「じゃ、好き?」
テンゾウは驚いて自分にすがりつく杏を押し返すこ
とも出来ずにいた。
注意深くしていれば、杏の気持ちは分かったことな
のかもしれない。でも正直杏と居ても、他の誰と居て
も、心はカカシで占められていた。
だからこそテンゾウにとってはあまりに唐突な言葉
で、それゆえに驚きも大きくただぼやっと突っ立てい
た。
杏はテンゾウにキスをする。
元々驚きでほうけているのと、女の子を無下に突き
飛ばすことが出来ないという理性でそのまま無抵抗な
状態でいると、ふいにカカシが視界に入った。
テンゾウに唇を押し付けていた杏はキスを終え、再
び胸にすがりつく。
カカシがまっすぐ見つめている。
「カ・・・」
テンゾウが名前を言い終わらないうちに、カカシは
踵を返す。
「カカシさん!」
テンゾウの言葉にも振り返らず、カカシは俊身で姿
を消した。