今ひとたびの邂逅

睦みの庭荘

 

 

 

今ひとたびの邂逅11

 

 

「カカシさん!!」

 

 テンゾウの叫ぶようなカカシへの呼びかけに、杏は

テンゾウにすがりついていた顔を上げて後ろを振り返

った。

 

「カカシさんって・・・はたけカカシさん?・・・が

いたの?」

 

 杏はカカシ除隊後に暗部に入隊しているが、里を代

表する忍びであるカカシのことはもちろん知っている。

 

「杏」

 

 テンゾウは自分にすがりついている杏を引き離しな

がら自分の気持ちを伝えた。

 

「杏、僕には好きな人がいる。その人のことしか考え

られない。ごめん」

 

「テンゾウ・・・好きな人って・・・」

 

「ごめん」

 

「テンゾウ!待って」

 

 今度は杏が自分を呼び止めるのを振り払い、テンゾ

ウも俊身でカカシの後を追った。

 

 

 

「カカシさん!」

 

 カカシの家の前で追いつく。

 

 カカシはテンゾウの呼びかけに前を向いたまま立ち

止まる。

 

「カカシさん。話しを、話しを聞いてください!!」

 

 カカシはほんの一瞬振り返りテンゾウの目を見つめ、

そして再び前を向いた。

 

「・・・話しするなら、中に入れ。もう夜だし、そん

な大声出すなよ」

 

 テンゾウの勢いとは裏腹に、カカシは至極冷静な声

音で、家に招き入れる。

 テンゾウはカカシの後に続いて部屋に入り、カカシ

とテーブルを挟んで向かい合う。

 

「悪かったな。タイミングが悪くて」

 

 カカシが微かに笑顔を浮かべて言った。その物静か

な雰囲気が自分の焦る気持ちと掛け離れていて、テン

ゾウは言いようのない不安な気持ちになる。あの女は

誰だとか詰問された方がマシだ。

 

「先輩、さっきの彼女は杏という暗部仲間で」

 

「彼女・・・」

 

 カカシの呟きにテンゾウは慌てて頭を振る。

 

「彼女って、あの、そういう意味じゃなくて、杏は僕

を好きでいてくれるみたいですが」

 

 テンゾウの言葉にカカシがにっこりする。

 

「そうだな。似合ってたよお前ら」

 

「似合うって・・・」

 

「実は前にも見たんだ。街中でお前たちが並んで歩い

てるとこ。なんだろう、お前もすごく楽しそうで見て

ても自然というか」

 

「あの、確かに気は合って一緒にいると楽しいですが、

でも」

 

「綺麗な気の合う女の子となら、歩くのも楽しいよな」

 

「先輩、僕は」

 

 言葉を紡げば紡ぐほど、糸が複雑に絡まるような会

話にテンゾウは苛々が募る。

 

「杏は僕にとってただの友達で」

 

「ただの友達とキスはしないでしょうよ」

 

「さっきのことは、杏が」

 

「女の子のせいにして誤魔化すのはフェアじゃないな。

後輩のお前から女が出来たとか言いにくかったろうけ

ど、気を使われなくても俺にも相手がいるし」

 

 テンゾウの心臓が大きくドクンと鳴った。

 

「相手って・・・それはどういう・・・」

 

「俺の場合は女じゃなくて男だけどね」

 

「ど、どういうことですか。僕と付き合っていながら

他の男と遊んでるっていうことですか?」

 

「確かに遊びだったけど、お前にも相手が出来たんな

ら本格的に乗り換えてもいいかな」

 

 カカシのまるで他人事を話すような冷静な口調がテ

ンゾウの思考を一層混乱させ、世界が真っ赤に彩られ

たような激昂がテンゾウを襲う。

 

 ガバっと立ち上がりカカシの両腕を掴む。

 

「あいつ、不知火ゲンマですか!?」

 

「知ってたのか」

 

 カカシは事も無げに答える。

 

 カカシの腕を掴んでいる手に思わず力が入る。

 

「どうして、僕がいるのにどうして!」

 

 ギッと瞬間凍りつくような目でカカシはテンゾウを

見つめた。しかし直ぐに笑顔に戻る。

 

「お前だって、あの子、杏ちゃんだっけ、あの子がい

るじゃない」

 

 自分の腕を掴んでいるテンゾウの手をカカシは振り

払う。

 

「お前はあの子といる方が自然だよ。収まるとこに収

まろう、お互いに」

 

「僕は!」

 

 テンゾウは何かを怒鳴りかけ、振り払われた腕でカ

カシの肩を抱き寄せ、口づけをしようとした。しかし

今度はカカシに思い切り押し返される。

 

「やめろ!」

 

 さっきまで冷静だったカカシが激しい口調で拒否す

る。

 

「カカシさん・・・」

 

「お互い別の相手とキスしたばかりで、やめようぜ」

 

 究極の怒りから絶望へ、激しい感情の振り幅にテン

ゾウは眩暈を覚える。無言となってカカシを見つめた。

しばらくして、ようやく言葉を搾り出す。

 

「・・・あいつ・・・ゲンマと、キスしてたというこ

とですか・・・僕より不知火ゲンマが好きなんですか」

 

「楽だよ。自然でいられる。お前みたいにガチャガチ

ャしてないし。年上だからな」

 

「僕のところに来たのは、別れを言うためですか」

 

「・・・うん、彼女といるとは思わなくてタイミング

悪かったけどね」

 

「先輩・・・」

 

 カカシはもう感情を起伏させることなく、むしろ笑

顔を浮かべている。

 

「杏ちゃんを待たせているんじゃないの?そろそろ帰

れ」

 

「先輩・・・これで終わりということですか」

 

「そうだよ」

 

 カカシのきっぱりとした口調にテンゾウはそれ以上

言葉を紡ぐことが出来なかった。

 

 

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