赦しの船、風のオール

静謐の庭荘

 

 

赦しの船、風のオール

 

 

 

2

 

「がっかりー」

 

「クッキー作ってきたのに〜」

 

 クラス女子が口々に残念がる。

 

「クッキーなら俺が食ってやるぜ」

 

「あんたにあげるくらいなら、あんたのペットの赤丸

にあげるわよ」

 

クラスのひょうきんもの、犬塚キバと幼馴染だとい

うハキハキしたテンテンの会話に笑いが起きて、その

話題はようやく終わりとなる。

 

 

 ほんとに風邪か?さぼりじゃないだろうな・・・。

 

 テンゾウはテストの誤採点以来、どうもカカシに対

して、爽やかな外見で皆から好かれる良き先生という

イメージは違うんじゃないかという疑念を持ってい

る。

 

 しかしまさか教師が遠足のさぼりなんてあるわけ

ないとすぐに打ち消した。

 

 女子生徒から手作りおやつ持っていくね、なんて話

しかけられて楽しみだと笑顔を見せていたカカシは

この春に教師になったばかり。仕事として初めての遠

足をさぼるなんてさすがにないだろう。

 

 

 

女子達はカカシがいない事に残念がってはいたも

のの、最後の遠足となるバーベキューはそれなりに盛

り上がった。

 

 遠足後に打ち上げと称して都心まで繰り出し、楽し

い気分の余韻をクラスメートとカラオケで味わう。

 

 

 

 カラオケ店を出た頃は夜の8時くらい。テンゾウは

すぐに駅に向かう友人たちと店の前で別れた。

 

 この都心にある大きな書店は10時頃まで開いてい

る。

郊外にある家の近くのごく一般的な書店にはない

豊富な量の参考書が揃っており、テンゾウはそれが見

たかったのだ。

 

 自分でも遊びに来た日に参考書探さなくてもと思

ったが、きっと家に帰ってからやっぱり行けばよかっ

たと後悔すると思い直した。

 

受験生仲間とはいえ遠足帰りに参考書買いに行く

とはちょっと言いづらく、友人には用があると言って

別れた。

 

 

 

 道路沿いを歩きながら、通りの向こう側に目的の書

店が見えてきたので何気にそこに目を向ける。すると

中からここ最近、急にその動向が気になりだした人物

が出てくるのが見えた。

 

 細身のすらっとした体型。アイドルというよりはモ

デル風の斜に構えた立ち姿で、書店のドアから出たと

ころで横並びに歩く集団が通り過ぎるのを立ち止ま

って待っている。

毛先の跳ねた髪を右手で無造作にかき上げる仕草

は、彼が授業中でも時々見せる癖。

 

間違いない、あれはカカシ先生。

 

「マジ?ほんとにさぼりっだったのかよ・・・」

 

 風邪で寝込んでいるはずのカカシがどうして書店

から出てくるんだと、つい声に出してさぼりかと言っ

てしまう。

テンゾウは目の前の信号が青に変わると同時に、道

路を渡るため小走りになった。

 

 カカシはすでに歩道の中の人混みに紛れて歩き出

している。

 テンゾウが道路を渡り終えた時には、カカシは先を

行きメインの歩道から路地へと右に曲がるところだ

った。

 

 後を追いかけようとして、そもそも目的は参考書だ

ったと一瞬書店のドアを振り返る。しかし今は参考書

より、カカシがさぼったのかどうか確認したい気持ち

の方が勝っている。

 迷いは瞬時に断ち切り、カカシの後を追う。

 

 見失うことのないように、テンゾウはダッシュでカ

カシが曲がった路地に入った。

 

「ひえっ…」

 

 思わず小さな呻きを上げ、ざっと立ち止まる。

 

 

「おい、ぶつかったなら謝れって言ってんだよぉ」

 

 カカシの前に、いかにもただ今人生で一番イキガッ

テマス的なチンピラ風の男三人が立っていた。

 

「兄ちゃん、耳聞こえないのかよ」

 

 カカシはテンゾウの位置からは背中しか見えない

が、どうやら謝らずに無言でいるようだ。

 

 な、なんでさっさと謝らないんだよ、だいたいあん

なイカニモチンピラが歩いてくるのを見たら、ふつう

先に避けるだろ…。

 

 テンゾウはハラハラしながらも、もしかして背中し

か見えないカカシは怖くて謝ることも出来ないんじ

ゃないかと思う。

 そうだ、きっとガタガタ震えて言えないんだ。俺が

何とかしてあげなくちゃ…。

 

 本当は自分だって怖くて仕方ないが、カカシに代わ

って謝り何とかこの場を凌ごうと一歩前に歩みだす。

 

「うっせーんだよ。お前らがぶつかって来たんだろう

が。因縁つけても金なんか持ってねえぞ」

 

 カカシが大声でチンピラに言い返した。

 

「なっ…」

 

 何言ってるんだよー!!

 

イキがることが生きがいのチンピラなんかに逆ら

うってバカか、あの先生!

テンゾウは突然のカカシの激しい言葉に驚くと同

時に、この場がどうなるんだと半ばパニック状態にな

る。

 

 こうなったら…もうやけくそ。

 

テンゾウは一瞬に心を決めて前に向かってダッシ

ュした。

 

「はあっ!?てめえ、何言って…おい!!」

 

 チンピラが想像通りの反応している真横を、カカシ

の手首を掴み走り抜ける。

 

「早く!!」

 

 急かすため振り返るとカカシが驚いて目を見開いて

いたが、長々話す暇などなくとにかく腕を引っ張る。

 

 クラブはバスケなのだが、実は足の速さにはそこそ

こ自信がある。体育祭でのクラスのリレー代表には中

学から毎年、選ばれている。

 しかし、チンピラと戦うスキルなんてあるわけない。

走って逃げきる。

 

「待ちやがれ!!」

 

 待てって言って待つ奴なんているのかと、刑事ドラ

マを見て思う事を今も走りながら思う。

チンピラに追われて逃げるなんて、数分前まで考え

もしていない。救いはカカシが全力疾走している自分

のスピードについてこられている事だった。

 

 

 繁華街に乱立する雑居ビルが作り出す路地を二、三

回曲がって、更に細い路地に入った。

 息が続かなくなったところで立ち止まる。

 

 路地に入って来た方を振り返るが、チンピラの怒声

も足音も聞こえない。タバコで肺をやられているだろ

うチンピラなんかに追いつかれるもんかと急に強気に

なって、笑顔でカカシを見る。

 

「はあはあ…もう、もう大丈夫みたい…」

 

「はあ…あの、これ…」

 

 カカシは視線を今だしっかりと自分の手首を掴ん

でいるテンゾウの手の方に向ける。

 

「あ、ごめん」

 

 テンゾウは慌てて手を離した。

 

「でも先生、なんであんな事言ったの?チンピラ相手

に無茶だよ」

 

 カカシは解放された手首をさすりながらテンゾウ

に向かって言う。

 

「先生…ってお前俺の学校の生徒?道理で見たこと

ある…」

 

 

「!!」

 

 テンゾウはさっきカカシがチンピラに激しく言い

返した時より衝撃を受けた。

 

 生徒を覚えてないのか!!!

 

 

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