Winter color
29章
アスマはカカシの肩を抱き、カカシはその胸に顔を
埋めている。抱き合っているようにしか見えない状況
に、アスマは少し慌てる。
「いや…あのこれは」
テンゾウは最初理解できないものを見たような、あ
っけにとられた表情をしていたが、やがてキッと怒り
を含んだ表情に切り替わった。
つかつかと大股で、アスマとカカシの元に近づく。
「カカシさん、僕と帰りましょう」
カカシは首を振る。
「まだ帰らない」
「テンゾウ君、今日はカカシの…」
アスマはカカシの気持ちが落ち着くまで自分の家に
連れていくと言おうとしたが、テンゾウがカカシの腕
をとる。
「カカシさん、抱きつくなら僕にしてください。帰り
ますよ」
テンゾウは隠しきれない苛立ちを込めた口調でそう
言うと、強引にカカシの腕を握ったまま歩き始める。
「嫌だ」
カカシは子供のように駄々をこねた。
「アスマさん、お礼はあらためてします。今日は失礼
します」
カカシの腕を引き寄せテンゾウは頭を下げると、今
度は腰に手を回し強引に歩き始める。
「テンゾウ!離せよ」
二人が廊下の角を曲がり姿が見えなくなると、アス
マは苦笑した。
「参ったな…」
アスマがゆっくりとフロアに戻ると、テーブルの上
に1000円札が数枚無造作に置いてある。
一人コーヒーを飲んでいるガイに尋ねた。
「カカシ達は?」
「あの、テンゾウってカカシの男が強引に連れていっ
た。礼はあらためてするって頭を下げてそこにファミ
レス代置いていったけどな。カカシはなんか抵抗して、
俺の家に泊めてくれって喚いたけど、彼氏と帰れって
言っておいた」
「突き放したのか?」
「強姦だか、強制ワイセツだか知らんが、カカシがあ
のバカにされたことは消えん。俺らとバカ騒ぎして忘
れるならそうしてやりたいが、まずはあの男に任せて
みるさ。カカシが選んだ男なんだから」
アスマはガイに笑顔を見せる。
「お前はなんも考えてないように見えて、いつも真っ
当な答えを導くよな」
「今は誉めたのか?けなしたのか?」
「誉めたんだよ。お前には勝てない。俺なんか危うく
ミイラ取りがミイラになるとこだったのに」
「なんだそれ?」
「俺もカカシに家に泊めてくれって言われて、そのま
ま連れて帰りそうになった。お前みたいに突き放せな
い」
「突き放さないことが何でミイラ取りになるんだ?」
ガイの純粋な疑問にアスマは自嘲するように薄笑い
を浮かべた。
「いいんだ、気にするな」
「ようわからんが…」
ガイがきょとんとするとアスマは笑顔で言葉を続け
る。
「それより…この時間だからモーニングでも食ってい
くか?ドリンクバー代払っても余りそうだし」
アスマはテンゾウが置いていった千円札数枚に顎を
しゃくる。
「そうだな。よし、俺はハンバーグステーキにするか」
「はあ?朝だぜ」
「朝にしっかり食うのが身体に一番いいんだ、常識だ
ろうが」
「理屈はそうでも、普通食えないだろ」
「お前、そんな少食でよくそんなデカイ身体になった
な」
「俺は少食じゃねえよ。お前の感覚がおかしいんだろ」
アスマはガイの言葉に笑いながらカカシを思う。
あのまま連れて帰っていたら、理性の箍はきっと外
れていた。
カカシを意識したのはいつだっただろうか?
一途に愛してくれている紅の存在があり、規律と模
範を要求される警察官を目指していた自分に、同性の
カカシに告白する選択肢はなかった。
不毛な想いは誰に打ち明けるでもなく、封印したの
だ。
もしも学生時代にカカシに告白していれば何かが変
わっただろうか?
アスマは煙草に火をつける。
それはない。今なら分かる。
自分がサスケという男にガイやテンゾウ程に怒りを
ぶつけられないのは、気持ちが分かるから。
自分が学生時代にカカシに伝えていても、サスケが
テンゾウより先にごくまともに告白していても、状況
は変わらない。
『あんなことは…好きな奴のためだから我慢できるん
だ』
震える声で言っていたカカシの言葉。
躊躇う行為を受け入れてもいいと思う相手がそばに
いるのだから、きっとそのうち立ち直るだろう。
真っ暗だった長い冬の夜も、少しずつ明るさを纏い
始めている。
ガイの言うように、カカシは普段は何事にも動じな
い。それなのに、あんなに弱いところを見せられたら、
かつて収めたはずの心の疼きが甦る。
でももう、自分の出る幕ではないのだ。
痛くて甘やかな感傷を振り払うように、朝日が射し
込みはじめた窓に目を細めながら、アスマは煙草をギ
ュッと消した。