その五
ソファに倒れこんだカカシが耳を押さえている手を、サスケはほどいた。今度は優しい声で言う。
「カカシ、熱が高いから、ベッドへ戻ろう。歩けるか?抱えようか?」
カカシが首を振った。
「歩ける・・・。」
熱が下がるまで、サスケは本当に、かいがいしくカカシの世話を行った。
カカシがしばらく休む事を上忍待機所まで伝え、暗部待機所に出向き、自分も休みを願い出た。
カカシの為に口当たりのいい食事を作り、身体を拭き、背部と腕の傷には薬を塗り、
一日をカカシの為に過ごす。
カカシは、その思考を停止させていた。考え事をすると、精神が保てなくなる。サスケの世話をただ黙って受けていた。
やがて熱も下がり、傷も少しずつ治癒する。しかし熱が下がっても、カカシは食事をほとんど食べなかった。
熱のある間は無理強いしなかったが、段々とサスケが苛立ち始めた。
「カカシ、そうやってわざと衰弱する気か?食べろ。」
食卓の前で、カカシは料理に手をつけない。水だけを飲む。
「カカシ・・・。一つ言っておく。」
サスケが怒気をふくめて言った。
「お前が自殺しても、俺はやっぱり、あいつを殺すぞ。それから、今みたいにわざと衰弱して、それで死のうとしても同じ事だ。
あいつを殺されたくなかったら、お前は、生きていかなくちゃならない。」
カカシはしばらく動かなかったが、やがて、箸を手に持った。
無言のまま少しずつ、料理を食べ始める。
熱が下がった数日後、カカシはサスケに言った。
「家に戻る。任務もそろそろ行かないと。」
「わかった。ヤマトが帰還するまでに、ここに戻ってくればいい。」
カカシは自分の部屋に戻った。ナルトとサクラが訪ねてくる。
「先生、風邪で休んで、サスケ君の家にいたんだって?」
「よく知ってるな。」
「サスケ君が私に言ったのよ。熱でてる時、何だったら、食べやすいか聞かれてね。
誰が熱出しているのって聞いたら、先生だって。遊びに行ってる時、体調崩したんでしょ?」
「何か、やつれたみたいだってばよ。大丈夫か?」
「うん、病み上がりだからね、もう大丈夫だよ。」
任務にも、復帰した。何ら、変わりのない生活。サスケの家の出来事が白昼夢のように感じる。
しかし、確実にテンゾウの帰還の日は近づいていた。
いつもなら、待ち遠しくて仕方のない日。今回、その日はテンゾウと別れの日になる。
テンゾウが三週間の長期任務から帰ってくるその日、カカシは最低必要な身の回りの物だけを持って、
カバン一つでサスケの家に向かった。本当にやって来たカカシをしばらく見つめていたサスケは、
やがてゆっくり近寄り、力強くカカシを抱きしめた。
「よく来た・・・・・。」
カカシは、サスケに抱擁されたまま、サスケに言う。
「後で、テンゾウがここへ訪ねてくる。部屋に伝言を残してきたから。
その時、言うから、・・・・・・別れるって・・・・・。」
カカシの言葉を聞いて、サスケは更に強く抱きしめた。
「痛いよ。」
「ああ・・・、ごめん。そうだ、カカシの部屋を用意した。こっちだ。」
サスケは、抱擁はといたが、一時もカカシを離さないというように、
肩に手を回して、部屋へ連れて行った。
カカシは部屋で、これからテンゾウに言うべき事を考える。
テンゾウは、すばらしい人だから、すぐにいい人が出来るだろう。
その為には、自分に想いが残らないようにしなくては。
出来るだけ酷く裏切れば、その分早く自分の事など忘れて、次の恋を見つけるだろう。
自分を憎むようにしなければ・・・。
声が震えないように、と考えていると、テンゾウが訪ねてきたチャイムが聞こえた。
サスケが中に入るよう言っている声が聞こえる。
すでに胸を締め付けられて息をするのも辛かったが、気力を振り絞って、
カカシは、テンゾウを出迎えた。