その八
カカシは、テンゾウがまるで自殺行為のような形で大怪我を負い
入院した事を知ってから、任務などで家の外へ出る以外は、
部屋に閉じこもるようになってしまった。
サスケも、脅迫して無理矢理抱いた最初の時のような事はせず、
部屋から出て来ないカカシを、黙って見守っていた。
同じ家の中にいながら、ほとんど顔をあわせなくなって2週間程過ぎた頃、
サスケがカカシの部屋をノックした。返答のないドアの向こうに
サスケが構わず話しかける。
「カカシ、あいつは退院したぞ。」
ドアが開いた。
「いつ?」
部屋から出てきたカカシが聞く。
「昨日。サクラに聞いたから間違いない。」
「そう・・・。」
カカシがほっとした表情を見せる。
その表情を見ていたサスケと目が合い、カカシは礼を言った。
「サスケ・・・。あの、教えてくれてありがとう。」
その夜、カカシはサスケに久しぶりに抱かれた。
若いサスケにとって長い禁欲だったといえるのに、
カカシに決して無理をさせない。身体がほぐれるまで、丁寧に愛撫を繰り返す。
カカシは、サスケの自分への想いの深さを改めて感じた。
相手の気持ちを無視して、脅迫により身体を奪うサスケは
間違っている。だが、罪である事はサスケ自身が一番自覚しているだろう。
昔から、誰よりも聡明な子だった。
教え子はみなかわいいが、サスケは自分と似ていると思う。
千鳥を教えたのも、写輪眼の持ち主だからというだけではない。
あの技を継承していくのは、サスケと思ったからだ。
そして、サスケは見事にその才能を開花させた。
自分をはるかに凌ぐ忍となって、木の葉の里に帰って来た。
愛する事は出来ない。けれど、慈しむ気持ちはある。
カカシはサスケに抱かれながら、テンゾウへの変わることのない愛と、
サスケを慈しむ気持ちを考えていた。
退院した以後、テンゾウは以前ほど荒れる事はなく、ただ、五代目に
直訴して、療養もそこそこに里外への長期任務へ出たという事を
カカシは、サクラやナルトから聞いた。
カカシは火影岩が見える高い木の枝に座って、
この頃落ち着いたというテンゾウの事を考えている。
長期任務へ行ったのは、里にいたくなかった為だろうけど、
もう、あんな無茶はしないだろう。
根が真面目なテンゾウだから。
早く自分の事を忘れて、恋人でも作ればいい。
むしろ良かったのかも知れない。
暖かな家庭を、実験体のテンゾウは経験していない。
自分と一緒にいては、それはこれからも望めない。
かわいい女の子を見つけて、家庭を作ればいい。
奥さんと、子供のいる家庭・・・。
カカシは自分の目から、一筋の涙が零れている事に、気づいていなかった。
「カカシ。またそこにいたのか。用が済んでいるなら一緒に帰ろう。」
木の下から、サスケに呼び止められた。
この木がカカシのお気に入りの場所である事を
サスケは知っている。
今日はお互い休みで、カカシはナルト達と会い、サスケは買物に出かけていた。
サスケに呼ばれ下を向いた時、カカシは初めて自分が泣いていた事に気づく。
そっと涙を拭い、地面に降りた。
優秀な忍であるサスケは、もちろんカカシの涙に気づいていたが、
知らないふりをする。
「りんご買ってきた。食うか?」
そう言って、買物袋からサスケがりんごを差し出した。
カカシが皮のままがぶりと噛み付くと、
すぐさまサスケにりんごを横取りされた。
ちょうど、カカシが食べた所を、サスケもがぶっと噛み付く。
「ちょっと、何するんだよ。」
「間接キス。」
「間接キスって・・・。あはは、なんだよ今更・・・。」
付き合いたての恋人同士みたいなサスケの行動が可笑しくて、
カカシがちょっと笑った。
サスケはいつもの表情をくずさず、でも張り切ってりんごをカカシに返す。
「次、カカシ。」
カカシは、サスケが食べたところとは違う所に噛み付く。
再びサスケはりんごを横取りし、カカシが二口目に食べた所に噛み付いた。
そうして、二人で一つのりんごを食べながら、うちはの家に向かう。
任務はさまざまあったが、二人の生活という点では、
再び穏やかな時間が流れる。本来は脅迫者であるサスケは、
あくまでカカシに優しく接した。
「あ、あ、ん・・・。サスケ・・・もう・・いいよ・・・。」
優しすぎて時にカカシが焦れるほど、サスケはカカシの身体を気遣う。
貫いても、はじめはゆっくりとした動きでカカシの反応を窺う。
鞭で殴り、傷だらけの背中も気遣わず、乱暴に抱いたサスケは最初のあの時だけ。
本来のサスケは今なのだろう。あの時は、サスケも興奮状態だった。
カカシは、教え子に抱かれるという違和感が、だんだんその優しさで
薄らいでいくのを感じていた。
情事の後のシャワーを終え、二人でベッドに入りながら、
サスケがカカシに言った。
「明日の朝食は、なすと秋刀魚だ。あんたの好物だったろう。」
それまで穏やかだったカカシの、表情が曇った。
「・・・ううん、違う。ナスも秋刀魚も嫌い。」
「え・・・?そうなのか・・・?でもサクラが言ってたから・・・。」
「好きだったのは昔だ。今は嫌い。」
「・・・そうか・・。じゃあ、別のものにするよ。」
「うん・・・。ごめん。」
カカシにとって、ナスも秋刀魚もテンゾウと結びつく。
カカシの好物であるナスの味噌汁と焼き秋刀魚を
最高においしい状態でテンゾウは出してくれる。
はじめはナスが崩れすぎたり、秋刀魚が焼けすぎたり、
その度に、テンゾウは次こそおいしくしますからと
反省してカカシに謝り、そして本当に上手に作れるようになった。
ナスも秋刀魚も好物なのは、テンゾウが作るもの。
サスケには、作って欲しくない。
「ごめん、サスケ。せっかく買ってくれたのに。」
「いいって。もう寝よう。お休み。」
サスケはカカシの額に口付けてから、ベッドランプを消した。
暗闇の中、サスケは眠れないでいた。
サクラから、カカシが『脂の乗った、さんまが食べたい。』と言っている
と聞いたのは、つい最近だ。カカシはきっと
ヤマトが作る料理を食べたいのだろう。
振り払っても振り払っても、カカシの心からあいつは消えない。
自分は強い。誰と戦っても負ける気がしない。
けれど、カカシの心に済むヤマトにだけは、
永遠に勝てない・・・。
サスケは唇を血が滲むまで噛んだ。