新月の庭荘

 

その七

 

サスケとカカシの生活は、不思議と穏やかだった。

サスケはカカシが料理や掃除をするのを嫌がる。

「そんなことをさせる為にこの家に呼んだんじゃない。

あんたは、ただ、いてくれればいい。」

 

そういわれても、正規部隊であるカカシより、過酷な任務が多い

暗部に所属しているサスケが、帰ってきてから家の事をしている時に

一人、ごろごろ出来るものでもない。結局、二人で料理したり、

一人が掃除をしている間に、もう一人が洗濯したり、

自然と、そういう生活スタイルになっていく。

また、暗部という特殊機関である以上、サスケは

家を空けることも多く、サスケが里外から帰って来る時には、

カカシが料理を作って出迎えた。

日頃ほとんど表情を変えないサスケが、

カカシの料理を見て、少し照れたような表情になり、

そしてカカシを抱きしめる。

「ただいま・・・。料理ありがとう。おいしそうだ。」

「うん、お帰り。」

抱きしめられながら、カカシが答える。

 

 

ただ、二人の一見穏やかな生活は、薄氷の上を歩くような危なさをかかえていた。

 

 

カカシがテンゾウにまつわる辛い噂を耳にしたのは、ナルトからだった。

「先生、ヤマト隊長の事聞いた?居酒屋で酔っ払って大立ち回りしたって話し。

信じられないよな。100人騒いでても、隊長だけは冷静さを失わないような人だったのに。

先生仲良いだろ?なんかあったのか、知ってる?」

「さあ・・・。この頃、任務がすれ違いで、会ってなかったから・・・。」

「カカシ先生も知らないのか。少し前にたまたま待機所で会ったんだけど、

そん時も、なんか不機嫌でさ。キバも同じ事言ってた。偶然会って挨拶したら

むすっとしてて、すぐにどっか行っちゃったって。いつもなら、調子はどう?とか

気さくに話しかけてくれるのに。」

 

カカシは聞いていて胸が痛くなった。あの優しいテンゾウを変えたのは、

自分との別れに違いない。居酒屋での立ち回りなんて、

本来のテンゾウから、想像もつかない。

 

「先生、大丈夫か?顔色悪いよ。先生もこの頃元気ないよな・・・。」

ナルトがカカシを覗き込んだ。

「ちょっと、疲れてるだけだよ。もう結構おじさんだからな。」

「先生はいつ見ても変わらないよ。」

「嬉しい事言ってくれるね。」

カカシにとっては、ナルトもサスケも同じようにかわいい教え子で、

だからこそ、サスケの事を心底には嫌いになれないでいる。

とはいえ、テンゾウが荒れているという噂は、あまりにも辛かった。

 

 

しばらくして、さらにカカシは打ちのめされる話を聞く。

それは、サクラからもたらされた。

 

「先生、ちょうど良かった。ヤマト隊長の事聞いた?」

「何?」

「任務中に瀕死の重傷を負って、今入院してるのよ。

先生達、仲良かったから知らせておかなきゃって思ってて。」

「重傷って、テンゾウが!?」

「あ、今はもう大丈夫よ。私も、精一杯治療に当たったし。

ただ、気になる事があって、カカシ先生に聞こうと思ってたの。」

「ほ、ほんとに大丈夫?」

カカシは蒼白になっていた。

「大丈夫よ。ただ、その怪我の仕方がね。不可抗力じゃなくて、

周りが止めたにも関わらず、一人敵につっこんで行って、

結局重傷を負ったらしいのよ。ヤマト隊長らしくないでしょ?

普段もなんか荒れてるみたいだし、先生だったら、仲良かったし、

なんか悩み事でもあるのか知ってるかなって思って。

綱手様も心配してらしたわ。」

 

一人で敵に向かって行くなんて事は、居酒屋の立ち回りとは

わけが違う。死んでいてもおかしくない。

テンゾウの心は、それ程に傷ついていたのかと思うと、

カカシは心臓を鷲掴みにされたような痛みを感じた。

 

「・・・面会できるかな・・・?」

「ええ、大丈夫よ。先生が会いに行けば、隊長も喜ぶと思うわ。」

 

以前の仲の良かった頃の関係を見ていたサクラやナルトは

カカシにテンゾウの事を知らせてくれる。

それが、どれ程にカカシを苦しめているか、二人に知るよしは無かった。

 

 

木の葉病院の奥、暗部専用病棟にテンゾウは入院していた。

カカシが病室を訪れると、テンゾウは眠っていたが、

あちこちに包帯を巻いているのが、痛々しい。

けれど、顔色は想像していたより悪くなく、

サクラが言うように、今はもう大丈夫な様子にほっとする。

右手が毛布から出ていて、その手だけは包帯が巻かれていなかった。

 

カカシはそっとテンゾウの右手に触れる。

この手は、カカシ自身よりカカシの事を知っている。

どれ程に、この手に愛されたであろうか。テンゾウはいつだって、

包み込むように優しくカカシを抱いてくれた。

もう二度と、この手に愛撫される事はないのだろう。

 

軽く触れていただけの右手を、思わずしっかり握り締めてしまう。

テンゾウが目を覚まし、カカシと目が合い、驚きの表情を見せる。

一瞬の後、険しい顔になって、カカシに掴まれていた右手を

振り払った。

 

手を振り払われた事に、カカシは呆然とした。

「テンゾウ・・・。」

名前を呼ぶのが精一杯だった。それ以上言葉を発すると、

絶対泣き声になってしまう。

 

「先輩。あなたに見舞いに来られても、ありがとうって言えるほど、

僕は人間が出来てませんよ。帰って下さい・・・。」

「テンゾウ・・・。」

「帰って下さい。」

 

カカシはそれ以上何も言えず、病室を出た。

どうやって、うちはの家に帰ったのか、記憶すらないほど、

打ちのめされていた。

 

 

 

その夜、サスケに身体を求められた時、カカシは、

静かにサスケに言った。

「今日、怪我をしたテンゾウの見舞いに行った。

俺はテンゾウの事を忘れられない。今もずっと想ってる。

お前は、テンゾウの事を考えてる俺を抱いて楽しいのか?

これからも、俺はお前の事を好きになんかならない。

それでもいいのか?」

 

サスケも静かに答える。

「構わない。あんたがヤマトの事を好きでいる以上、

あいつの事を大事に思ってる間、俺から逃げない。

俺はあんたが側に居ればいい。」

「俺なんかのどこがいい・・・?お前の事を好きな

女の子は、木の葉にたくさん居るだろう。」

「・・・子供の時から・・・里を抜ける前から、

俺の気持ちは変わらない・・・。あんたが、いてくれたらいいんだ。」

 

その日は、もうそれきりカカシは黙りこみ、

サスケもそれ以上求めなかった。

 

カカシは大声で怒鳴ったり、泣き喚いたりしない。

シャワールームで声を押し殺して泣くだけで、悲しみの表情をサスケに見せる事はない。

ただ、淡々と現実を受け入れているように過ごしている。

けれど、笑顔もカカシからは消えてしまった。

サスケは、カカシの笑顔が好きだった。

アカデミーを卒業して、カカシから、下忍になる事を認められた時の

『ごうかーく』という言葉と共に見せた笑顔。

もうあんな笑顔を見ることはないのだろう。

自分が愛する人と引き剥がし、その笑顔を奪った。

それでも、笑顔を失っても、カカシを離す事は出来ない。

離さない。

 

戻る 続く