過ぎゆく時に佇む
<5>
『いて・・・。判った、帰るから引っ張るなよ、腕痛
い』
カカシの言葉にアスマは強引に引っ張っていたカカ
シの腕を放す。
二人並んで歩きながらアスマが尋ねる。
『お前んちなんか食材あるか?』
『いや・・・。シャワー浴びて、仮眠取る為だけに戻
ってたから俺んちにはなんもないな』
『じゃ、焼肉でも食っていくか?精力出るぞ』
『精力って・・・お前はおっさんか』
カカシが苦笑すると、真面目な表情でアスマが答え
た。
『お前が無理してるからだろ。里の為に働いてるって
言うのなら自分の身体くらい管理しろよ』
アスマの指摘にカカシは黙りこむ。
父が逝き、オビトが逝きリンが逝き、そして先生も
逝った。共に逝きたいなどとは思っていない。
父を自死で失い残された苦しみを知りつくした自分
だから。
生きたくても生きる事が出来なかったオビトから、
自分の代わりに世の中を見つめろと託された瞳を持
っているのだから。
志半ばで、九尾封じ込めと共に殉職した先生を師に
持つ身だから。
だから、必死で生きている。
しかしどうしようもない虚しさに襲われる。この命
などどうでもいいと考えているわけではないが、九尾
来襲で師を失った後は空虚という名の得体の知れない
ものに、身体と心が乗っ取られたようだった。
身体全てが空虚に乗っ取られる事が怖くて、ひたす
らに身体を動かし、空いた時間を作らないで来た。
『うん、ちょっと無理してたな九尾以降は・・・』
アスマの言葉に、カカシは反論せず素直に肯いた。
二人で焼肉を食べながら、他愛もない話しをする。
『よく考えたら10代青春真っただ中の俺達が、男二人
で焼肉も虚しいな』
『お前が焼肉チョイスしたんだろう』
『そうだけどな。お前はモテるんだから、飯作ってく
れるくノ一とかいないのか?』
『その俺がモテる情報はどこから?当の本人は全くモ
テてる実感無いけど』
『・・・ほんとに特定の人はいないのか?』
『いないよ』
『そうか』
特定の人はいないというカカシの言葉を聞いて、ア
スマがちょっと微笑む。
『なんだよ。気持ち悪いな』
『いや、同期で取り残されるのはやっぱ嫌だからな。
お前にもまだ彼女がいないなら、まだ大丈夫だなと思
ってさ。もっとも、同期で彼女いない歴が最後になる
心配はないけど』
『なんで?』
『俺達同期にはガイがいるだろう。あいつに負けるは
ずがない』
カカシはそれは失礼だろうと言いかけて自分が笑っ
てしまう。
『あはは・・・良い奴だけどな・・・ガイに彼女・・・
あはは確かに想像つかない・・・・』
焼肉店を出てカカシのアパートに向かう。中に入る
と、アスマが言った。
『お前、シャワー浴びて来い。俺の今日の仕事はお前
が任務に出てしまわないよう見張ってる事だから』
『まさかもう今日は任務に行かないよ』
『いいから、シャワー行って来い。お前がベッドで休
むのを見届けたら帰るよ』
『お前は俺の母親か』
結局アスマの言葉にカカシは従い、そのままシャワ
ールームへ向かった。
カカシがシャワーから出ると、アスマはカカシのベ
ッドサイドにおいてある写真立てを手に取り、見つめ
ていた。
カカシはタオルで頭を拭きながら、アスマのそばに
近付く。
『4〜5年前くらいか?撮ったの』
写真を見つめたままアスマが問う。
『うん・・・それくらいかな』
アスマの横に立ち、カカシも同じく写真を見つめな
がら答える。ミナト先生と、オビトとリンとそして自
分が写る、忍界大戦中の熾烈な日々の中であっても、
仲間がいた幸せな瞬間。
『俺だけになっちゃったな・・・』
僅か数年で・・・写真の中生き残ってるのは自分だ
けになった。
『カカシ・・・』
カカシが思わず発した言葉に、アスマはカカシを見
つめる。
カカシはアスマから写真を受け取った。大切な人と
大切な時間を写しだしている一枚を見つめたまま、本
当に、全く無意識に一筋の涙が頬を伝う。
自分が泣いているという自覚も無いままカカシは写
真を見つめていた。
写真のガラス面に涙が一滴落ち、カカシは自分が泣
いているのだと知る。
『え?・・・』
その涙が自分のものだと一瞬判らなかった。人前で
泣くという事はカカシの中に存在していない行為だっ
た。
記憶にあるのは、オビトが亡くなった時にリンの前
で泣いた時くらいだ・・・。
いつも部屋に置いてある見慣れた写真を見て、何故
泣いているのか、自分の感情が理解出来ない。
『なんだ俺・・・。カッコ悪・・・』
カカシが手で頬の涙を払おうとすると、アスマの腕
がカカシを包みそのまま抱きしめられた。