過ぎゆく時に佇む
<6>
『ちょっ・・・アスマ・・・』
ふいに抱きしめられ、驚いたカカシは身を捩ってそ
の手から逃れようとした。しかし身体の大きなアスマ
にがっしりと押さえられ、簡単にはふりほどけない。
忍びとしての能力を使えば身をかわす事くらい容易
い事だが、カカシはすぐに力を抜きアスマに抱きしめ
られるままに、その身を預けた。
写真を見て涙するという失態を演じた自分を、アス
マなりに慰めてくれているのだろう。そう思うと、無
理に逃れる事もない。カカシはそう考えて、抱きしめ
られた姿勢のまま、アスマの肩に顔を埋めていると、
ふいに唇を重ねられた。
今度は驚くというより混乱する。
それでも今の状況を判断しようと考えている間に、
アスマは更に深い口づけを求めてきた。舌を絡められ、
カカシは反射的にアスマを押しのける。
『アスマ・・・』
カカシがその名を呼ぶも、アスマは無言で立ってい
た。
『何の冗談だよ、これ・・・』
もう一度問いかけると、アスマがようやく返答する。
『冗談なんかじゃない』
そう言い残して、アスマは背を向けカカシの部屋か
ら出て行く。
『おい・・・』
カカシが声をかけても、アスマは立ち止まることな
く出て行く。
『悪かったな、忘れろ』
アスマは振り向かずにそう答えて、ドアを閉めた。
部屋に残されたカカシは、アスマが出て行った玄関
をしばらく見つめていたが、やがてベッドにドサリと
寝転がった。
キスされた唇を手で覆う。
『冗談じゃなかったら何だよ・・・』
小さく呟く。
冗談でないとしたら何か・・・。答えは一つしかな
い。でかい図体に似合わず、繊細で優しいアスマ。そ
の想いは、自分に向けられていたのか。
カカシはさっき見て、不覚にも涙を零した写真を手
に取る。真ん中に写る、初めて自分に深い口づけを教
えた人を見つめる。
『ごめんよ、カカシ』
キスをして、そうして謝った先生。
『悪かったな、忘れろ』
ぶっきらぼうに謝ったアスマ。
いつもアスマは優しい。でかい図体に似合わず繊細
な心を持ち偉大すぎる父親と比較される環境にもがき
ながら、周囲にはそんな葛藤を感じさせずに、気配り
を忘れない。
優しいアスマといると、気持ちが和らぐ。
カカシはえいっというようにベッドから起き上がり、
そのまま玄関の方へと歩き出す。
扉を開けると、すぐ横の廊下にアスマが座り込んで
いた。
『どこ行く気だ?』
カカシは一瞬無言となり、やがて口を開いた。
『アスマ・・・。え?何?帰ったんじゃなかったの?』
『今日の俺の任務は、お前が出て行かないか見張って
おく事だって言っただろう。案の定、お前は出て行こ
うとしてる』
『いや、別に任務に行くわけじゃなくて』
『じゃ、どこ行く?』
カカシは直接アスマの問いかけには答えず、アスマ
と向き合うようにその場にしゃがみ込む。
『そんな慌てて出て行かなくてもいいじゃない?』
カカシはアスマの目を真っ直ぐに見詰めた。アスマ
は慌ててカカシから視線を外す。
『あんなことした後に知らん顔してそばにいるほど俺
の心臓は強くない』
『まあ、びっくりはしたけど」
『俺も、自分で自分の行動にびっくりした』
カカシはちょっと微笑み、アスマに言う。
『入れよ。今日は俺の見張りなんだろ』