いつかケルンで
(五)
昼食を頂いた後、カカシさんと二人で取り留めない話をし
て過ごした。ふと会話が途切れると、カカシさんがテラスを
差す。
「あっちに行こうか。」
僕達は、広い洋館のテラスに置いてある椅子へと移動した。
うららかな午後の春の陽射しは、色素の薄いカカシさんによ
く似合う。僕はそんなことを思いながら、彼と話をしていた。
「ただいま。カカシさん。」
ふいに女性の声がして、室内を振り返る。
「お帰りなさい。叔母様。」
カカシさんが立ち上がって、室内に戻りながら返答した。
僕も後について室内に戻ると、いかにもはたけ家の血筋を引
いておられるだろうなという、細身の美しい女性が立ってい
た。齢四十を過ぎた頃であろうか。
「あら、お友達がいらしてたの?」
「ええ、同じ高校の後輩の大和テンゾウ君。テンゾウ、父の
妹のコハル叔母上だ。」
彼にお互いを紹介され、僕は頭を下げて挨拶をした。
「はじめまして。大和テンゾウといいます。お邪魔しており
ます。」
叔母様は、僕の名を聞き考える表情をされた。
「大和・・・大和・・・ごめんなさい。お父様のお名前はな
んておっしゃるの?」
「えっ?父、父の名ですか?」
僕は、父の名を聞かれるとは思ってもいなかったので、や
や間の抜けた返事をしてしまう。
「叔母様。彼は僕の友人として遊びに来てもらっているんで
す。今、お父上の名は関係ないでしょう。」
カカシさんが、叔母様を嗜めるような口調で間に割って入
る。
「あら、どちらの御子息かお聞きするのがいけないのかし
ら?」
不穏な空気に僕が慌てた。
「あ、あの。僕の父はすでに亡くなっておりますが、一介の
医者でしてはたけ家の方に名を述べても、ご存じないと思わ
れますが。」
「お医者様?旧藩の御典医とかされていらしたの?」
「いいえ、町医者です。」
「町医者・・・?」
僕は叔母様の表情が明らかに曇ったのを見た。
「叔母様。僕の友人を詮索するような質問はご遠慮して下さ
い。」
カカシさんがまた口を挟み、そうして僕の背中を押すよう
にしてテラスへと戻った。
僕が少し振り返ると、叔母様は憮然とした様子で部屋を出
て行かれた。
再び椅子に座ると同時にカカシさんが謝る。
「ごめんね。気を悪くしただろ。」
「いえそんな・・・。気を悪くされたのは叔母様の方ではな
いですか。」
カカシさんが少しうつむきながら答えた。
「叔母は身体が弱くて嫁がれずに、はたけ家の中だけで生き
て来られたんだ。父が亡くなり、侯爵家を引き継いだ俺に期
待されることが多くてね。俺の友人関係にも色々と口を出さ
れる事がある。親代わりとして、育ててくださったんだけど、
価値観が違いすぎてね、時々困ってる。」
カカシさんの話しで僕は叔母様の態度の意味を理解した。
そう、貴族の家でもなんでもない僕は、カカシさんの友人と
して歓迎れなかったという事なのだろう。町医者と聞いて、
表情が曇ったのはその為だ。
「カカシ先輩の事を大切に思っていらっしゃるんでしょう。」
「うーん、俺が大事なのか、はたけ家が大事なのか・・・。」
「両方ですよ。きっと。」
カカシさんがふと笑った。
「お前、随分と冷静だなあ。もしかして年、誤魔化してる?
留年とかしてない?ほんとは凄く年上だったりして。」
「留年なんかしてないですよ。」
僕が、むすっとして答えるとカカシさんがさらに笑った。
「あはは、冗談だよ。お前面白いなあ気持ちがすぐ顔にでる。」
僕達はその日をきっかけにさらに親しくなった。新学期を
むかえ、カカシさんは三年に僕が二年に進級してからも僕達
の交流は続いた。