いつかケルンで
(四)
「良く来てくれたね。ありがとう。」
カカシさんが、僕と向かい合わせになるように反対側のソ
ファに座った。
「こちらこそ、お招き頂いてありがとうございます。」
彼が、にっこりと笑った。笑うと少し目が三日月のように
なる。
それきり彼は口を開かず沈黙が流れたが、僕にとってそれ
は決して嫌な空気ではなかった。むしろ、心地のいい静寂だ
った。
「詮索しないんだね。」
沈黙を破ったのはカカシさんだった。
「え?」
「ほら、この前のあいつのこと。喧嘩してたのか、とかさ。」
「喧嘩には、見えなかったですけど・・・。」
うっかり、正直に言ってしまう。
カカシさんが、また微笑んだ。
「やっぱり喧嘩には見えないよね。うん、違う。俺さ、言い
寄られてたの。」
なんでもないことのように、すらりと彼は言う。
「お前は、学年が離れているから知らないかな。あいつもさ、
同じ高校だったの。俺より一年上で、この春卒業した。今は、
士官学校に行ってるよ。親父の後を継ぐんだろうねえ。鬼鮫
陸軍大臣の息子だよ。」
「ああ・・・。」
息子の事は知らなかったが、大臣の名前ぐらいは知ってい
る。
カカシさんは続けて話す。
「俺の家は、親父が子供の頃に亡くなっていてね。まあ、華
族とはいえ、色々後ろ盾が合った方がいいだろう、みたいな
事言ってさ。これからは、軍部が力を持つって言うのがあい
つの持論なの。それで、社会に出ても後ろ盾になるから、付
き合えって言うんだよ。」
「昔から、知り合いだったんですか?」
「ううん。高校に俺が入学してから。在学中も何度か言われ
たけど、ずっと無視してた。あたりまえだけどね。でも、手
を出された事はなかったな。この前が初めて。やっぱり、同
じ高校にいるうちは、あいつも遠慮してたのかも。卒業した
途端、力ずくだもん。ほんと、乱暴で強引で迷惑。お前が来
てくれなかったら、俺、結構やばかった。」
いくら現職大臣の息子でも、はたけ侯爵に男色を強要して
乱暴なんて事になれば、退学は免れないだろう。卒業して遠
慮がなくなった、というのはあるのかもしれない。
ただ、彼は確かに人目を引く。入学した1年生の中に彼が
いれば、男ばかりの高校で上級生がつい見初めてしまっても、
無理はないような気がして、そんな自分の不謹慎さに、僕は
戸惑う。とは言え、父親の権力を傘に着たり、力ずくなんて
のはもちろん論外だが。
「なんか、いっぱい喋ったらおなか減った。飯まだかなあ。」
それにしても、まるで深窓の王子のようなその風貌とは裏
腹に彼は口が悪い。ソファにだらんと腰掛け、行儀もいいと
は言えない。
学校は上流階級の者がほとんどで、サクラの家庭教師をし
ていて華族の方とも交流はあるが、彼のような話し方や、態
度は見た事がない。その上品ぶらない彼の様子が、僕の緊張
を解きほぐす。
「カカシ様。昼食の仕度が出来ました。」
使用人が呼びに来た。彼はソファから、その美しい容姿の
ままの優雅な動きで立ちあがり、にっこりと僕に微笑み、
「出来たってさ。さっさと食おう。腹減った。」
見た目とのギャップ激しい言葉で、僕を誘った。楽しい予
感の日曜午後の始まりに、僕も自然と笑顔になる。
「はい。頂きます。」