リフォーム 宮崎 いつかケルンで

移ろいの間

いつかケルンで

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ルドルフの帰国により、ドイツ語勉強会は中止になった。

僕は高校三年で帝大医学部受験を目指しており、さらには大

学でも奨学金を受けるため上位での合格が目標だったので、

しばらく勉強に集中した。

 

合格すれば、学部は違えど彼と再び同じ学校に行ける。そ

の事も励みにしながら受験勉強に打ち込み、そうして1年後、

合格通知を受け取る事が出来た。

 

 

僕は彼に直接会って、合格を伝えようと思い、本当に久し

ぶりに彼の家を訪ねた。彼は、玄関まで出迎えてくれた。

「あの、帝大医学部合格しました。」

僕がそう伝えると、カカシさんは玄関先でいきなり僕に抱

きいた。

「良かった・・・。」

本当にびっくりした。身体が硬直して何も言い返せない。

彼の柔らかな髪が僕の頬を掠める。不思議といい臭いがする。

顔が赤くなるのが、自分でも判った。

動悸がする。手には汗も滲む。僕が立ち尽くしていると、

カカシさんが、ゆっくり僕から離れた。

 

「ほんとに良かった、俺も嬉しい。」

彼が微笑んだ。僕は、やっとの事で一言だけお礼を言った。

「あ・・・ありがとうございます・・・。」

その一瞬の出来事は、しばらく僕の頭から離れることはな

かった。

 

カカシさんは僕の合格祝いに、戦争中で手に入れるのが難

しいはずのドイツ語の辞書を渡してくれた。何かと僕たちを

結びつけるドイツ。僕はありがたく受け取った。

 

 

大学に入ってしばらくは、新しい環境に慣れる事や、勉追

われて忙しかったが、課題も何とかこなし夏休みを迎えた。

夏休みに入ってすぐ、カカシさんから電話を貰った。

「テンゾウは、サクラさんの家庭教師を夏休みもしている

の?」

「いいえ、彼女の家は、夏は一家揃って避暑に出かけますの

で。」

 

僕は、大学に入っても家庭教師のアルバイトは続けていた。

ただ、長期休暇の時は、家庭教師も休みだった。

「そう。俺の家も軽井沢に避暑に出かけてるんだよね、毎年。

でも一昨年は俺が受験で、去年はテンゾウが受験だったから

行かなかったんだけど、テンゾウ、一緒に軽井沢へ行かない

か?」

「軽井沢?」

「うん、はたけ家の別荘があるんだ。テンゾウに一緒に来て

欲しい。」

彼の、来て欲しいという一言で、結局ドイツ語講座と同じ

ように僕は遠慮というものを、とりあえず棚にしまい、お礼

は未来に先送りし、軽井沢の別荘に一緒に行く事にした。

彼の叔母様はお身体が弱く、軽井沢までの遠出はなされな

いとの事だった。

 

 

 

はたけ家の別荘は、そのあたりの別荘の中でもひときわ大

きい洋館だった。庭には馬もいて、住み込みで冬の間の管理

もしてる夫婦や通いの庭師やまかないの侍女などが僕達を出

迎え、僕はその豪勢さに驚きを隠せなかった。

 

僕には客用の部屋が用意されており、とりあえずベッドに

横になる。

彼の叔母様じゃないが本当に、はたけの家は格が違いすぎ

る。ずうずうしさも自覚しながら別荘にまで付いて来てしま

ったが、あらためて僕は考えた。

 

彼は、どうして僕なんかを誘ってくれるのだろう。

 

そんなことを考えていると、彼が部屋をノックして入って

きた。

「テンゾウ、馬乗った事ある?」

「いいえ、。」

「ここには馬がいるんだ。明日、乗ってみようよ。」

「先輩が教えてくれるなら。」

「もちろん。」

彼が微笑んだ。

 

 

翌日の朝食後、僕達は馬場へ向かった。すでに、使用人に

よて馬が二頭用意されている。

彼が手始めに馬に乗り、周りを走り始めた。彼の髪が軽井

沢柔らかい夏の日差しに映え、キラキラと輝く。ほんの少し

上気して紅く染まった頬、白い肌に映える赤い唇をきりりと

結んで、見事な手綱さばきで鮮やかに障害物を越える姿から、

僕は一瞬も目が離せなかった。

   

僕も乗馬を練習し、ある程度の事はこなせるようになった

ある日、彼からお弁当持って遠出に行こうと誘われた。

 

(七) (九)