FX 比較 札幌 テナント いつかケルンで

移ろいの間

 

いつかケルンで

(十五)

 

「カカシさん!!!」

彼を見つけた僕はあらん限りの声を出して叫んだ。でも、

僕の声は横浜港のざわめきの中にかき消されて行く。

                              『そういえば、僕ルドルフからケルン大聖堂の言い伝えを聞いたんですよ。』

『言い伝え?なにそれ?』

『この大聖堂は、螺旋階段を上って展望台に出られるって、言ってたでしょう。』

                               『うん、ライン川が流れるケルン市内を一望できるって言ってたな。』

「カカシさん!!カカシさん!!カカシ先輩!!」

僕はさらに大声を出し彼の名を呼んだ。しかし、僕の叫び

声は船の出港を告げる銅鑼の音に被さる。

『そのケルン大聖堂の展望台で、夕陽を一緒に眺めた恋人達は

一生結ばれるんだって、そういう言い伝えがあるんだって彼、

ルドルフから聞きました。』

「カカシさん!!!」

「危ない!バカ落ちるぞ!」

僕は甲板から身を乗り出して叫び、両脇から小鉄と出雲に

危ないと押さえられた。

船は緩やかに岸壁を離れる。見送る人と、見送られる人の

喧騒に包まれ、僕の声はますます彼に届かない。

 

                               

   『あはは。ねえ、テンゾウ、お前その話し今作っただろう?

ルドルフとは俺の方が付き合い長かったのに、そんな話し聞いた事ないし。』

                                『やっぱり、バレましたか。』

『アハハハ。なんかおかしい。堅物そうなお前がそんな

ロマンチックな言い伝えを作るなんて・・・。あはは・・・。』

声は届かずとも、僕の姿を確実に見ているのであろう、カ

カシさんの表情が苦しげに歪む。元々色白の彼が蒼白になっ

て、今にも倒れそうだ。 

                                『ねえ・・テンゾウ。』

そんな辛そうな顔をして、立っているのさえ苦しそうにし

てどうして僕たちは離れなくてはいけないのか。

どうして、どうして!

 

船は速度を少しずつ上げていく。

                                『その言い伝え、いいね。俺達は、この関係を誰かに言う事も、

ましてや結婚式を挙げることも出来ない。だから・・・。ドイツに行ったら、

ケルン大聖堂を訪れよう。そしてその展望台から、夕陽を一緒に眺めて、

そこで一生の愛を誓うんだ。』

本気だった。ほんとうに愛していた。

煌めく軽井沢の風に揺れる彼の髪、目に見えぬ空気さえ清

められていくような彼の微笑み、色素の薄い白い肌、線の細

い彼の身体、苦しげに、切なげにそして艶やかにしとねで上

げる彼の声、一生離さないと誓ったのに・・・。    

船はどんどん加速し、彼から、横浜港から離れていく。

             ねえ、テンゾウ、約束だよ。

俺達で、その言い伝えを実現しよう、ねえテンゾウ。』

カカシさん・・・・・。どうして・・・・・。」

港はあっという間に見えなくなり、陸地の姿も消えてしま

う。もう、彼と僕の間には果てしない大海原が広がるばかり。

立っている事さえ出来なくなり、甲板に座り込む。  

                                 『ねえ、テンゾウ・・・。ケルン大聖堂の展望台で夕陽を一緒に眺めて、

                                 一生の愛を誓おう・・・。約束だよ。テンゾウ・・・。』

                               

「・・・カカシさん・・・。」

僕は、物心付いて以降はじめて、人前で声をあげて泣いた。

 

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