フロアコーティング いつかケルンで

移ろいの間

いつかケルンで

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僕は、カカシさんに馬乗りになっている男に、思い切り体

当たりした。男はふいの事で横向きに倒れこみ、すかさずカ

カシさんが男を蹴り上げる。僕はすぐに臨戦態勢を取ったが、

素早く起き上がったカカシさんに腕を掴まれた。

「行こう」

「え?でも・・・。」

「早く。」

そのまま、カカシさんに腕を掴まれて一緒に走り出す。僕

は、武道の心得があったので、かなり厳つい男であっても負

ける気はしなくて、その場から逃げ出すのは本意ではなかっ

た。けれど、カカシさんは殴られて唇の端から血が出ており、

服も破けていたので、彼を避難させることが大事と思いなお

しそのまま、一緒に走る。

 

広い庭園を走って、ようやく本館の近くに戻ってくる。そ

ばにある井戸でカカシさんは唇の血を流し、走って息が切れ

た僕達は、二人とも水を飲んだ。

「このかっこじゃ戻れないなあ。」

カカシさんが、破かれた服を見て言う。

「ちょっと、待ってて下さい。僕がサクラに頼んできます。」

「君は、春野家の人?」

「違います。サクラの家庭教師ですけど、あなたの後輩でも

あります。」

「え、そうなの?」

 

春野家の庭園は広く、ところ所にベンチがあったので、僕

はそこから一番近いベンチにカカシさんを座らせ、一人本館

へ戻った。あの男が戻ってきても、本館のすぐ目の前で、カ

カシさんに乱暴したりはしないだろう。

室内へ戻り、本日の主役であるサクラを呼び止める。

「サクラ、ちょっと。」

 

僕は、庭に出ていたはたけ侯爵が転んで怪我をしたと言い、

着替えの服と、タオルと休む部屋を貸してもらえるよう頼ん

だ。

「まあ、大変。お怪我は酷いんですの?」

「たいした事はないんだけど、服が汚れて着替えたいと言わ

れているから。」

「わかりましたわ。」

サクラは、すぐに使用人に準備させてくれた。

「どうぞ、二階のゲストルームをお使いになって。でも先生、

はたけ侯爵様とお知り合いだったの?」

「まあ、同じ学校だしね。」

本当は、ついさっき初めて口をきいたのだが、僕は適当に

誤魔化した。

 

 

カカシさんを迎えに行き、裏口から中へ入り、準備しても

らった二階の部屋に行く。

使用人が用意してくれていたシャツにカカシさんは着替え

る。男にしては白い肌に、僕の脳裏にはさっきの光景が蘇る。

喧嘩にしては奇妙なあの光景は、あれはいわゆる男色の強要

だろうか。

 

僕が黙り込んだのを見て、カカシさんのほうから話しかけ

てきた。

「まずは、お礼をいわなきゃね。君、名前は?」

「大和テンゾウといいます。」

僕は返事をしながら、やはり用意してくれていた洗面器で

タオルを絞り、カカシさんに渡した。

「顔、冷やしとかないと。赤くなってます。」

「ありがとう。」

それまでうつむき加減だったカカシさんが、タオルを受け

取る時、顔を上げた。

 

目が合い、僕はなぜか動悸がする。その急に踊りだした自

分の心臓音が、彼に聞こえるのではないかと思うほどだった。

色素の薄い人で、髪の色も真っ黒ではない。瞳の色もやや

茶色がかっている。殴られて頬は赤くなっていたが、色白な

のだと側で見てあらためて思う。背も高く、均整の取れた筋

肉質の身体はけして女性っぽいわけではないのに、惹き付け

られる、美しさ。

 

おそらく男色の強要を図っていたのであろう、さっきの大

男の気持ちがわかるとさえ思う自分の心が不謹慎すぎて、僕

は動揺した。その動揺を悟られないよう、タオルを渡すと、

素早く彼の側から離れ、彼とテーブルを挟んで反対側のソフ

ァに座った。

 

(一) (三)