いつかケルンで
(三)
カカシさんは、僕が渡した水で絞ったタオルを頬に当てな
がら、僕がソファに座ると、再び話しかけてきた。
「さっき、俺の後輩と言ってたね。高校の?」
「はい。今度二年になります。」
「そうか・・・。後輩になんか、変なとこ見られちゃったな
あ。」
僕はなんと言っていいのか判らず、少しの間沈黙になる。
しばらくしてカカシさんが口を開き、沈黙を破った。
「今日は、ほんとにありがとう。助かったよ。今度きちんと
お礼をするよ。」
「礼なんて、僕は何も・・・。」
「電話ある?」
「あります。」
「じゃあ、番号教えて。」
僕の亡き父親は医者で緊急連絡が入る事もあり、電話に関
してはわりとはやくからつけていた。礼なんてほんとに望ん
でなかったが、カカシさんと親しく話せることが、何だか誇
らしいようなわくわくした気分にさせ、僕は素直に電話番号
をメモに書き渡す。カカシさんも、電話番号を書いて渡して
くれた。
「サクラさんの家庭教師もしているんだったよね?さっき言
ってた。」
「ええ、今は春休みですけど、普段はお互い学校があります
ので、日曜の午前中に二時間ほど。」
「じゃあ、午後からは空いてるの?」
「はい。」
「わかった。又連絡する。」
そう言ってカカシさんは微笑んだ。
殴られて、赤みを帯びてる頬が痛々しかったが、笑顔を向
けられて、僕は再び胸の鼓動が早くなるのを感じた。
「あいつもね、招待客だから、今頃下にいると思うんだよね。
どうしようっかなあ。会いたくないし・・・。サクラさん呼
んで来て貰っていい?服のお礼言って、このまま帰るよ。」
カカシさんが言う。あいつとは、殴った奴の事だろう。
「じゃあサクラを呼んで来ます。」
サクラに挨拶して、僕達は春野家を出た。玄関で別れてカ
カシさんは人力車に乗り、僕は徒歩で駅へと向かった。
数日後、我が家の電話が鳴り、交換からはたけカカシさん
の名を告げられた時、心臓が激しく高鳴った。それと同時に、
どうしてこんなに鼓動がするのか、自分が不思議でしようが
なかった。
カカシさんからは、日曜日の昼食に誘われた。
「迎えをやるから。」
「そんな、いいですよ。自分で伺います。」
「ううん、お礼を兼ねた招待だから、住所教えてもらってい
い?」
僕は住所を彼に告げ、電話を切った。
本当に連絡をくれた事と、もう一度彼に会える事。電話を
切った後もしばし放心し、それからじわじわと嬉しさが込み
上げてくる。
どうして鼓動がするのか、どうしてこんなに嬉しいのか。
よく分からない感情に戸惑いながらも、僕はカカシさんとの
再会の日を待った。
日曜日、午前中にサクラの家庭教師の仕事を終えた僕は急
いで家に帰った。時間通り、迎えの人力車が現れる。
はたけ侯爵家は、サクラの家よりさらに立派だった。門を
入っても広い庭が続き、その奥に白い洋館が見える。使用人
に中に招き入れられ、僕は応接室に案内された。ソファに座
っていると、声が聞こえる。
「いらっしゃい。」
カカシさんが現れる。
この前のパーティの時はシャツにネクタイをつけていたが、
今日はラフな格好で、ボタンも二つくらい開いている。胸元
がよく見えて、何だか目のやり場に困った。