ALC ビル 塗替え CRP

宴の庭荘

 

<CRP>その1

 

「経過はいいですよ。明日から全荷重でいきましょう。

体重を両足にかけてもいいです。リハビリ科にも伝えておきますね。」

「ハイ。ありがとうございました。」

シャーカステンからレントゲンを外しながら、

テンゾウは礼を言う患者に会釈を返した。

「先生、今の方が最後です。」

「そう、じゃあ後宜しく。お疲れさま。これありがとうね。」

「いえいえ、気持ちですから。お疲れ様です。」

 

ナース達に挨拶をして、テンゾウは最上階の医局へ戻る為に

エレベーターに乗った。数年前に病院が建て替えられた際に、

エレベーターは外が見えるビュータイプになった。

夜景を見下ろしながら、夜空を駆け上っていく。

 

整形外科医テンゾウの外来担当は月曜日の午前診療と、

水曜日の午後、そして金曜日は夜診を担当している。

今日は金曜日で、明日は休みだ。隔週で土日の連休が取れる。

この隔週の連休は、小児循環器科を担当している恋人

畑カカシと合わせていた。カカシは小児科だが、

ローテーションで今は夜診を担当していない。

21時も過ぎた今頃は、自宅で自分の来るのを待っているはずだ。

 

先週は互いに忙しくて逢えなかった。

2週間ぶりの逢瀬に、浮き足立つような気持ちで医局へと戻る。

 

整形科の外来ナースから貰ったチョコレートを机の上に置く。

今日は朝からやたらと貰った。整形の病棟ナース、担当患者

果ては清掃のおばさんからも。自分は明日の14日バレンタイン当日は休みなので

皆、今日渡してくれたのだろう。こういう連名での義理チョコは

別に構わない。お返しも箱入りクッキーとかでいいだろう。

問題は、真剣に渡してくれたのであろう、いくつかのチョコだ。

夜診前にも、外科のシズネ先生から渡された。

いつもはきりとした先生が恥じらいながら、差し出したチョコ。

 

正直困る。

 

カカシ以外に興味はない。同じ医学部の先輩後輩という関係で

話し始めたのがきっかけだったが、いつの間にか心を奪われた。

他の人が入り込む余地なんて、全くない。

 

とりあえず貰ったチョコをなおそうとカバンを開ける。

置いていくわけにはいかない。ふと携帯が目に入る。

 

『今日患者の検査結果が出るまで居残る。23時は過ぎる。』

 

カカシからメールが入っていた。浮き足気分が削がれる。

お互い患者の容態に応じてプライベートが左右されるのは仕方ない。

そういう仕事だから。判っていても若干沈んだ気持ちになる。

慌てて帰ることもなくなったと、テンゾウは以前から調べようと思っていた

海外の文献を見に図書室へ行く事にした。

 

カカシも同じ病院内に居るが、小児科の医局はフロアの端であり

今は病棟にいるのかもしれない。どっちにしろ、病院内で出会っても

互いに知らぬ顔をしていた。医者同士が話したとしても

特に変哲もないことだが、わざわざ職場で親密さを見せることもない。

 

一般の人も利用出来る大きい図書室とは別に

医局員に利用を限定し専門書ばかりを集めた、第二図書室というものが

この医局フロアの中央にある。医者からの要望で

建て替えの時、同時に作られた。見たい最新の専門書が

毎月購入されて、重宝している。

 

夜の医局フロアはさすがに静かだ。図書室のドアを開けても

中は真っ暗だった。パチンと明りをつけ、目指す整形関連の図書が

ある方へ歩き出す。

その時ふと目の端に、人影が見えたような気がした。

天井まで届く本棚が立ち並ぶ反対の通路。わずかに足音もする。

しかし、テンゾウが入った時部屋は暗かったのだ。

人がいるなら何故明りをつけないのか。

 

よく聞くオフィス泥棒が頭に浮かぶ。会社のロッカールーム等に

忍び込み、財布などをとっていく。病院もよく狙われる。

テンゾウは本棚に身を潜め、足音のする方を見る。

後姿が一瞬見えたが、白衣を着ている。

泥棒が職員に成りすましている可能性もある。

テンゾウは用心深く人影を追った。

棚から棚へ身を潜めながら、通路を移動する。

白衣の人影は二人いて、そのままドアから出て行く。

ドアが閉まる前に、後姿をしっかりと確認出来た。

 

テンゾウはその場に立ち尽くす。

 

見慣れた後姿。間違いなく自分の恋人であるカカシと、

彼の上司、波風ミナト教授だった。

 

何故図書室に、部屋の電気を消した状態でいたのか。

考えたくもない疑問が沸き起こる。

考えたくもない答えも同時に浮かぶ。

二人の人間が、人気も明りもない部屋でする事。

情事、セックス、秘め事、秘戯、性交。

そういう言葉を辞書で調べた中学生の時のように

言葉が次々浮かんでくる。

 

「何が患者の検査結果が出るまで居残るだよ・・・。

波風教授と、いちゃつきたかっただけだろ・・・。」

メールの文面を思い出し、テンゾウの怒りは頂点に達した。

普段行くこともない小児科の医局へ、テンゾウは歩き出す。

 

                 その2