紙風船
第5話
映画を見るには2時間から3時間はかかる。自
然と映研のサークル活動は授業の無い土曜や日曜
日にする事になり、そのためカカシもバイトは平
日に行って、土日は身体を空けるようにしていた。
その週の土曜日も、カカシがいつものようにサ
ークルの部屋へ顔を出すと先に何人か来ていて、
中古の21型テレビでランボーを見ている。
「よーカカシ、聞いたか?」
ど真ん中でビデオを見ていたガイが声をかけて
来た。
「何?」
「テンゾウが今日、テレビとDVDデッキを持っ
てきてくれるらしいぞ」
「ああ、昨日メール貰った」
「はあ?部長のゲンマにはともかく、なんでお前
にメールで知らせるんだよ」
「今日あいつんちに泊まりに行く事になってたか
ら、その連絡のついでに、教えてくれたんだよ」
「なんで泊まりに行くんだ?」
「明日、リバイバル上映する俺のお勧め映画に連
れて行こうと思ってさ。あいつんちの方が電車乗
るのも便利だろ」
「すいません、ちょっと開けてもらえますか」
テンゾウの声がして皆が振り向くと、テンゾウ
がDVDデッキを持ちその後に男二人が50型テ
レビを抱えて入ってきた。
「おおー!」
大きいサイズのテレビにサークルの皆の歓声が
上がる。
「テンゾウさん、ここに置いたらいいんですか?」
体格のいい方の男が21型テレビを置いてある
場所を首で指す。
「そう、いったんここに置いて、そのテレビを退
けよう」
「はい」
明らかにテンゾウより年上と思われる男達が、
テンゾウの指示に従い古いテレビをよけ、新しい
テレビを設置し始めた。
サークルの皆は期待を込めて50型テレビとD
VDデッキを見つめている。
カカシ一人、テンゾウに敬語を使い作業をして
いる男達二人を見つめていた。
「電源確認。よし大丈夫だ・・・」
「テンゾウさん、このテレビはどうしますか?」
男の一人がそれまで部室にあった21型テレビ
の方を指差した。
「ああ、ゲンマ先輩。どうしますか?」
テンゾウの問いにゲンマが答える。
「そうだな。どうせアンテナの差し込みは一つし
か無いから、出来ればって帰ってもらったら助か
るけどな。テレビ捨てるには金がかかるから」
「判りました」
ゲンマとテンゾウのやり取りを聞いている間、
なんとなく部室を見渡していた男のうち、背の低
い方が声を上げた。
「よー、カカシじゃねえか。偶然だな!お前ここ
の大学にいたのか」
「ええ、まあ」
カカシが答えると同時に、テンゾウの顔色が変
わる。
「ここで余計な口をたたくんじゃねえ」
体格のいい方の男が、カカシに口を聞いた男の
足を蹴る。
「はい。すいません」
「行くぜ」
「はい」
二人はゲンマが不要と言った21型テレビを抱
え、テンゾウに頭を下げてすぐに出ていった。
「やっぱでけえ」
「DVDが見れるぞ」
二人が出ていくとサークルの皆はわっと大型テ
レビの周りに集まった。
カカシは皆の喧騒からは距離を置き、テンゾウ
の方を見つめた。
テンゾウもまた、カカシに何か言いたげにこち
らを見つめている。
「お前、今の人たちと知り合いなのか?」
テンゾウが何かを言いかけた時、先に横からガ
イに話しかけられた。
「あ、ああ。俺のバイトしてるスナックの常連客」
「ああ、そう言う事か」
「うん・・・」
今度はガイがテンゾウに話しかけた。
「テンゾウ、今の人たちは前言っていた後見人の
会社の部下とかなのか?」
「ええ、そうです。後見人の部下です」
「やっぱりお前はかなりのお坊ちゃんだな。大の
大人を顎で使ってすげえよ」
「別に顎で使ってはないですけど・・・」
カカシはガイとテンゾウのやり取りを聞きなが
ら、今の二人組が出ていったドアの方に目を向け
る。
毎月バイト先の小さなスナックに理不尽にも
金を巻き上げに来る、カカシが軽蔑している暴力
団の左近と次郎。その二人がテンゾウに敬語を使
い言われるままにテレビを運んできた。
では、テンゾウの後見人とは・・・。それはつ
まり・・・暴力団。
「カカシ先輩」
テンゾウが思い切ったように声をかけてきた。
「あの、よかったら今からすぐに僕の家に来られ
ませんか?」
「・・・うん」
カカシはテンゾウの言葉に肯いた。
ガイに挨拶し、50型テレビに夢中のサークルメ
ンバーを残してカカシとテンゾウは部室を出る。
キャンパスを歩きながら、しばし無言だった二人
の沈黙を破ったのはテンゾウだった。
「先輩。今、僕とテレビを運んできた奴らと、顔
見知りなんですね」
「まあな」
「バイト先の常連客というのは本当ですか?」
「嘘だよ」
カカシがきっぱりと言った。
初夏の日差しが二人に降り注ぐ。カカシの髪が
日に映えて、テンゾウは会話内容と全く関係なく
綺麗だなとふと見惚れる。
出会ったばかりの頃、カカシに見惚れてしまう
自分に少なから動揺したが、今はもう開き直って
いる。
カカシと歩いていると、目でその姿を追う人の
多い事に気づく。自分が見惚れても仕方ない。美
しいものを見て綺麗だと思うのは素直な感情なの
だ。そして自分が好ましく思う者に嫌われたくな
いと思うのも素直な感情であって、でもそれはも
う無理かも知れない。
「では、どういう知り合いなんですか?」
「知り合いじゃない。俺のバイト先に恐喝じみた
金を取りに来る暴力団だという事は知ってるけど」
「そうですか」
カカシには知られたくなかった。自分はカカシ
が好きだから。
「先輩には知られたくなかったけど、仕方ないで
すね。もう判ると思うけど僕の後見人というのは、
暴力団の組長なんです」