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泡沫の庭荘

 

 

紙風船

 

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そうか。じゃ、また来てやる」

 

 テンゾウの言葉に、ガイがガハハと大声で笑い

ながら、テンゾウの肩をばしばし叩き、答える。

 

「広くて、綺麗で居心地いいとこだな。気に入っ

た」

 

 肩を叩かれて、ちょっと迷惑そうにしながらテ

ンゾウが言う。

 

「はあ、気に入ってもらって嬉しいですが、出来

ればガイ先輩はカカシ先輩と一緒に来てもらいた

いです」

 

「はあ、それどう意味だ!?」

 

「いや、ガイ先輩の迫力には僕一人で対処できな

いと思うので。カカシ先輩にいてもらわないとど

うしたらいいのか」

 

 カカシは吹き出した。

 

「おい!だからどういう意味だっつってんだよ!」

 

 ガイが大声で怒鳴る。

 

「いや、まあそのまんまの意味ですけど・・・」

 

「あははは・・・。テンゾウ、それ昨日も言って

たな。お前、面白いなあ。最初の印象は、もうち

ょっと大人しい感じがしたけど」

 

 笑いながら言うカカシの言葉に、テンゾウは少

し考えてから答えた。

 

「そうですね・・・。自分でも割と人と接するの

が嫌じゃないタイプだと知りました。今まで、集

団生活を送った事が無いので、なんとなく、賑や

かなのは苦手なんじゃないかと思ってたんですが」

 

 テンゾウの言葉に、今度は二人が怪訝な表情を

浮かべる。

 

「集団生活送った事ないって、学校は?」

 

「行ってないです。大学受験資格は、大検で取り

ました」

 

 カカシが微かに頷いて言う。

 

「まあ、大検受ける奴は割といるよな。理由は様々

で」

 

 ガイも頷きながら、言った。

 

「高校中退とかはいるだろうけど、でも小、中は

行っただろう?」

 

「いいえ、行ってないです。学校と名のつくとこ

には行ってません」

 

 ガイが普通に疑問を口にする。

 

「でも、中学までは義務教育だろう。不登校のフ

リースクールとかに行ってたのか?」

 

「不登校というか・・・。フリースクールという

とこにも行ってません。一応、地元の学校の卒業

証書はあります。レポート提出を登校日数に換算

してもらいました」

 

 カカシも聞いた。

 

「勉強はどうしてたの?国立大学に入るには、そ

れなりに学力必要だろう」

 

「ずっと家庭教師に習ってました。学年や教科ご

とに人は色々変わりましたけど。一応全教科。音

楽でハーモニカ吹いたり、体育担当もいて鉄棒し

たりなんかもしてましたよ」

 

「学校に行かずに家庭教師に習っていたのは、

親・・・じゃなかった、引き取ってくれたってい

う後見人の考えで?」

 

「はい、そういう事です」

 

「後見人?」

 

 昨夜は酔っぱらって眠りこけていて事情を知ら

ないガイが、テンゾウに聞く。

 

「あの、両親は亡くなってて、僕は後見人に引き

取ってもらったんです」

 

 ガイがこともなげに言った。

 

「ふーん、しかし変わりもんだな。その、お前の

後見人」

 

 ガイのストレートな言葉にその場の雰囲気が和

み、テンゾウも笑顔で答えた。

 

「ですよね。変わりもんなんです」

 

 その日から、テンゾウはカカシとより一層親し

く話をするようになった。

 

 

 

 

「お疲れさん。もう上がって」

 

「はい」

 

 アルバイトをしているスナックの店長からカカ

シは声をかけられた。時計は夜中の1時を少し過

ぎている。家庭教師を火曜と金曜日、更に月、水、

木はこの店でアルバイトをしていた。

 

2年間貯蓄をしてから受験した為入学時点ですで

20歳となっており、飲酒は問題なかった。

 

時給が良く、時にチップなどももらえる水商売

はカカシにとって助かるバイトで、入学当初から

続けている。

 

「カカシ、明日木曜だからシフト入っているだろ

う」

 

「はい」

 

「俺、明日はちょっと用事があってさ。悪いけど

また渡しといてくれるかな」

 

「ああ・・・」

 

「月末だからね。いつものレジ下に置いておくか

ら。」

 

「はい。判りました」

 

 バイトを始めたばかりの頃、月末にやってきた

二人組の男にカカシがいらっしゃいませと声をか

けたら店長にいいんだと目で合図された。

そして店長は店の隅で明らかに現金が入って

いると思われる封筒を二人組に差し出しドアの外

まで見送っていた。

 店内に戻ってきた店長は怪訝な顔のカカシに苦

笑する。

 

「まあ、夜の商売するにはさ、色々しがらみもあ

るんだよ」

 

 暴力団が縄張りにある店にみかじめ料という名

で現金を取って行く事、そういう風な事があるの

は知っていたが、この人のよさそうな店長がやっ

ている、客もごく普通のOLやサラリーマン達が

ほとんどの小さなスナックにも来る事を知って少

なからず驚いた。

 

 大多数の人と同じく、カカシはそれまで生きて

きた20年間に暴力団と関わりを持った事はない。

正直、何とも不愉快な気分になった。ただ、この

店の待遇は良くそれだけの事でバイトを辞めるこ

とは考えなかった。

 

 今では時々店長に代わって現金を渡す事もある。

向こうもカカシの顔を覚え、来ると声をかけて来

るようにすらなった。当然自分から関わりを持と

うとは思わない為、カカシ自身は適当に避けるよ

うにはしていたが、店長に頼まれると断れない。

 

 カカシ目当ての客が増えたと言って、店長は時

給も割と弾んでくれている。2年も世話になって

いるので、これぐらいはと引き受けていた。

 

 

 

 

 翌日、いつもの二人組が閉店間際にやってきた。

 

「よ、カカシ。久しぶりだな」

 

「どうも」

 

「今廊下ですれ違った女達がお前の噂しながら歩

いてたぜ」

 

「そうですか」

 

「お前なら客のお持ち帰りも簡単だろうな。どう

だ盛んか、そっちの方は」

 

 下品な話題には答えず、左近と呼ばれている二

人の中でも格上らしき男の方にカカシは黙って店

長から頼まれていた封筒を渡す。 

 

左近はひょいと首だけで合図をし、下っ端の次

郎に封筒を受け取らせる。

 

「お前のおかげで店も繁盛してるんじゃないのか。

ちょっと値上げをしてもらわないといけないよな」

 

「俺に言われても分かりません」

 

「ふん、まあいい。またな、店長によろしく」

 

 左近が煙草を取り出すと次郎はさっとライター

に火をつけ、歩き出すとドアを開けて先に左近を

通す。カカシは冷ややかに二人が出ていくのを見

ていた。

 

バイトをしなければ人生で関わりを持つ事も

ない人達だと思う。まあそれも大学を卒業する

までの間さ、とカカシはすぐに頭を切り替え店

の掃除を始めた。

 

 

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