ポラス 分譲 紙風船

泡沫の庭荘

 

 

紙風船

 

8

 

シャワーを浴び終えたテンゾウは、ソファに座

っていた。女が来るまでにはしばらく時間がかか

るだろう。髪の長さまで指定したから。ロングヘ

アは駄目、いないのなら切らせろと・・・。

 

色白で背の高い華奢な美人、誰を思い浮かべて

そんな指定をしたのか、明白なのに、認めたくな

いと葛藤する。

 

 

 

 テンゾウが自身の気持ちを受け止めきれず、逡

巡しているうちにインターホンが鳴った。

扉を開けるとそこには指定通りの、色白で細身

の美人が立っている。髪は肩にかかるかどうかと

いうくらいで、本当に美容院に駆けこんだのかも

しれない。閉店していても無理やり入り込むくら

いの事はするだろう。関東一円を取り仕切る組な

のだから。

 

当たり前だが、カカシとは別に似ていない。男

と女という決定的な違いがあり、何より赤の他人

で似ている方がおかしい。ただ雰囲気は悪くなか

った。

こういう商売をする女にありがちな下品な派

手さというものが無い。顔が似ている事まで期待

はしていない。そう、ただ雰囲気が少しでも近け

れば・・・。結局、カカシを想定して女のリクエ

ストをしたのだと認めざるをえない。

 

 テンゾウは無言で中に招き入れた。

 

「シャワー浴びてきて。タオル類は適当に使って

いい」

 

「ありがとう」

 

 女は言われるままシャワールームへと歩いてい

く。

 

 

 学校にも通っていなかったテンゾウに女性と知

り合う機会はない。

しかし、思春期といわれる年齢になる頃に、薬

師カブトという大蛇丸組の若頭から『そろそろ興

味が出てきたでしょう』と言われ、女をあてがわ

れた。

 

それから必要な時はいつでも調達すると言わ

れている。電話をかければ、女はやってくる。裏

社会で生きるやくざ稼業ならば、商売女を用意す

ることは容易い。

 

 テンゾウの後見人である大蛇丸組組長にとって、

カブトという若頭かなり優秀なブレーンであるら

しいという事は、成長するにつれ判ってきた。

 

自分を組付きの弁護士に仕立て上げるなどと

いう計画も、おそらくはカブトが段取りをしてき

たのだろう。 

他の部下たちには死んだ組員の残された子供

を引き取るという、組の懐の深さを見せつけ忠誠

心を煽る事が出来る。実際に自分が弁護士になれ

ばなったで、役に立つ。

自身の事を決定できない子供の内から不自由

ない暮らしを提供して、こうして女の世話までし

て、将来の組への寄与に暗黙の圧力をかける。

 

狡猾なやり方だと、成長した今はそのからくり

に気付く。

 

 

 女が出てきてテンゾウはそのまま一緒にベッド

へと向かう。

カカシ思い浮かべてしまう事にある種の罪悪

感が伴うが、それでも女の姿態に無意識のうちに

カカシを重ねてしまう。高潮時にカカシさんと言

いそうになり、誤魔化せない自分の気持ちによう

やく向き合う。

 そうだ・・・。今まで憧れや尊敬という意味で

好きだと思っていたカカシへの気持ちは、それ

は・・・恋愛感情だったのだ・・・。

たぶん初めて逢った時から・・・。

 

 

 恋愛感情に気づいてから、カカシの顔を見ると

意識してしまう自分がいた。いや、今までも意識

はしていたのだ。ただそれを憧れ、尊敬という言

葉に置き換えていただけで、本当はカカシをいつ

も見つめていた。

話しかけらると意識すまいとかえってぶっき

らぼうな態度になり、カカシから怪訝な表情をさ

れる事もあった。

 

ただ、季節が秋の気配を漂わせるようになる頃

には、カカシの姿をあまり見かけなくなった。サ

ークルにも来ない。3年は就活で大変だよなと誰

かが話すのを聞いて、そういえばガイやゲンマの

姿も見かけない事に気づく。

自分はどれだけカカシばかり気にしているの

かと、ちょっと苦笑する。

 

 恋愛感情に気づかなければ気軽に近況を聞くメ

ールでも出来たのに、今はかえってそれが出来な

い。コンパでカカシと一緒に帰った女性とは進展

しているのか、何より気になるのにそれも聞けな

い。

ただの後輩ならば、どうなったんですか?なん

てさりげに聞けるだろうに。

 

 

 

 

 その日、テンゾウは大学近くの本屋にいた。平

積みの新刊に手を伸ばすと横からさっとその本を

攫われる。振りかえると、いたずらっぽく笑った

カカシがスーツ姿で立っていた。

 

「いよ、久しぶりだな」

 

「先輩・・・」

 

 スーツ姿を見るのは初めてで、思わず見惚れる。

このままそのスーツの会社のCMにでも出れそう

だと思う。

 

「就活ですか?スーツ、似あってますね」

 

「あはは・・・。そうか?お前に誉められるとお

世辞でも嬉しい」

 

「お世辞じゃないですよ」

 

 少しむっとしてテンゾウは答える。

 

「そんな怒るなよ。俺さ、お前になんかしたか?」

 

「え?」

 

「ほら、なんか最近のお前、俺が話しかけても不

機嫌みたいだったから」

 

「いや・・・、そんな事はないですよ」

 

 不機嫌なわけではなく、ただ、カカシへの気持

ちを自覚して戸惑っているという事をまさか打ち

明ける訳にもいかず、テンゾウは言い澱む。

 

「昼飯食った?」

 

「いえ、まだ」

 

「一緒に行くか?」

 

「はい」

 

同性への恋愛感情という今まで考えた事もな

い事態への対応の仕方が判らないまま、会えて嬉

しい気持ちが勝りテンゾウは素直に返答する。

 

「そうだ、これ買うとこだったんじゃないの?」

 

 カカシはさっきいたずらでテンゾウから横取り

した本を差し出した。

 

「あ、そうです」

 

 テンゾウがレジで本を買い店の人からおつりを

渡された時、受け取り損ねて100円玉が落ちる。

拾おうと手を伸ばしたら同じように拾おうとした

カカシと指先が触れた。

互いに一瞬見つめ合い至近距離でのカカシの

存在に脈拍が上がると同時に、そのまま抱きしめ

たい感情に捉われる。

 

 結局カカシが100円を拾い、テンゾウに差し出

した。

 

「ありがとうございます」

 

 受け取取るために手のひらを上に向ける。カカ

シがぽとりと100円玉をその手のひらに落とす。

何気ない瞬間がスローモーションのようにテンゾ

ウの心に刻み込まれ、ああ、自分はこの人に恋を

しているのだと、幾度も繰り返した想いをまた深

くする。

 

 

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