医療植毛 プチ整形 紙風船

泡沫の庭荘

 

 

紙風船

 

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大学入学前から、経済的に不自由はないが無機

質な生活を送っていた

しかし大学という、社会とは違う自由さを保た

れた世界の中に入り、自分では気づかなかった社

交性もあると知り、サークル活動も楽しく同年代

の友人とふざけた話をする何気ない日常が、テン

ゾウには、雨上がり後の葉の露に日差しがキラキ

ラと煌めくように、眩しく輝いたものとなってい

る。

 

 しかし、常に気持ちのどこかに自分の境遇に対

して、重石の様な暗い感情が渦巻いていた。

 それなのに、カカシに全てを打ち明けてから気

持ちが軽い。

 

 

その日からより一層、カカシと親しく話す事が

出来るようになった。

いや、カカシは何も変わっていない。サークル

に誘ったのが自分という事もあるのだろう。元々

後輩の中でもより親しくしてくれていた。

おそらくカカシに対して隠し事が無くなった

自分の気持ちの持ちようが違うのだという事にテ

ンゾウは気づいていた。

 

 

カカシはいわゆるかっこいい先輩だ。見た目も

そうだが、付き合えば付き合うほど内面にも優れ

ている事が判る。

恵まれてはいない境遇に育ちながら、努力して

大学にいる。それを別に隠すでもなくひけらかす

でもなく、鷹揚な空気感とゆったりと優しい雰囲

気があり、男女別なく先輩からも、同級生からも

後輩からも好かれている。

 

テンゾウもカカシを慕う後輩の一人でかっこ

いい先輩に憧れ、出来ればその人から好かれたい

と思う自然な感情を何ら不思議には思っていなか

った。

 

でもなぜだろう。このところ、そのカカシに憧

れる感情が行きすぎているような気がする。

テレビの中のアイドルや、それこそ先輩や会社

の上司など、誰であろうと同性に憧れるなんて事

は珍しくもないこと。

珍しくもない事とはいえ、こうもずっと考えて

いるものだろうか・・・。

 

テンゾウは初めて会った時モデルみたいな人

だと思ったあの日から、ふとした瞬間にもカカシ

の事を考えている自分に気づき、そんな自身に動

揺する。

 

 自分に与えられた人生のレールは何も変わって

いないのに、カカシに打ち明けただけで心が軽く

なる。サークルでもついカカシの姿を目で追って

しまう。カカシに話しかけられるとその日一日が

楽しいものになる。

他の誰かがカカシと話していたら気になる。

これじゃまるで恋だ・・・。テンゾウは思わず

恋という言葉を思い浮かべ、そして全力で否定す

る。

まさか、そんな事はない。大学生活で人との付

き合いが広がり、脳がついていかないのかもしれ

ない。

恋と憧れはある意味似ている。自分の力で人生

を切り開いているカカシへの憧れが強いのだろう

と、そう自身の感情を分析して、テンゾウは己を

納得させていた。

 

 

 

 

 サークルの帰り道、カカシとテンゾウが一緒に

いるところへゲンマがやってきた。

 

「ちょっとお前ら今日夜、時間ないか?」

 

「何?」

 

「いや、O大女子とコンパ予定なんだけど男に二

人欠員が出ちって、おまえら来ないか?」

 

「そうだなあ・・・。俺は別に良いけど・・・。

テンゾウどうする?」

 

 コンパと聞いてテンゾウの心にほんの少しのさ

ざ波が立つ。

 

「カカシ先輩が行かれるなら僕も行きます」

 

「そうか、助かった。いや〜ほんとはお前らは呼

びたくないんだけどね」

 

 ゲンマの言葉にカカシが苦笑する。

 

「なんだよ、それ。誘っておいて失礼だな」

 

「だって、お前らが来たら可愛い女子持って行か

れちまうだろう。でも急すぎて、他にもあたった

けどバイトやら金欠やらで駄目でさ」

 

 可愛い女子・・・、ゲンマの言葉にテンゾウの

心のさざ波が更に揺れる。

 

「ドタキャンの奴らは何で駄目になったの?」

 

「彼女にばれたんだよ。彼女同士が友達でさ。一

人がばれるともう一人もすぐにばれ、コンパ行く

なら別れるとか言われたみたいだ」

 

「はは・・・。彼女がいるのにコンパ行く予定立

てるからだよ」

 

 ゲンマが答える。

 

「彼女とコンパでのアバンチュールは別もんだよ。

そういえばおまえはもてるのに特定の彼女いない

な」

 

「別にもてないけど。ま、生活するのに必死とい

うのもあるし」

 

「テンゾウもいないんだろう、彼女」

 

「はい、いません」

 

「よし、決まりだ。今日はかなりハイレベルらし

いぜ。来てもらうんだから一番手二番手はお前ら

に譲る。ドーンと彼女作れ。俺は謙虚に三番手を

狙う。あ、時間は18時、駅前ビルの洋風居酒屋

『ロダン』だ。判らなかったらメールしてくれ。

じゃあとでな」

 

 

 

 ゲンマが盛り上げ役となって、コンパは賑やか

に進行していた。

カカシは瞳のくりっとした中でも一番可愛い

と思える子と、長く話している。

 

テンゾウの横にも女の子が来てなにやかやと

話しかけるが、どうしても意識がカカシの方へ飛

んでしまう。気にしない様にと思ってもつい、カ

カシが優しげに女の子に見せる笑顔を見つめてし

まう。どうしてだろうか・・・。

 

 二次会へのカラオケへ移動する途中、テンゾウ

はゲンマに話しかけられた。

 

「テンゾウ。確かにあの子、楓ちゃんは可愛いけ

ど、今回は諦めろ。カカシ相手じゃ分が悪い。俺

がまたコンパ企画してやるから」

 

 楓ちゃん?とテンゾウは疑問に思い、すぐに前

をカカシと並んで歩いている瞳の可愛い子の事だ

と気づいた。そうか・・・と思う。ゲンマには自

分があの子を気にいっているんだと、思われてい

るという事に。

今言われるまで、女の子の名前すら気にとめて

いなかった。

気にしていたのはカカシが見せる笑顔。カカシ

の仕草。カカシの事だ。

 

 二次会も終り、カラオケ店の前で会計を待つ間

たむろしているわずかな時に、楓という子がカカ

シに送ってくれるよう頼んでいる声が、テンゾウ

の耳に入る。

カカシが肯く。清算を済ませ各自散る中で、二

人は並んで駅の方へ向かった。

 

 テンゾウにもずっと話しかけてきた子が送って

ほしいと言って来た。

テンゾウは一緒に大通りまで歩き、タクシーを

呼びとめる。女の子を先に乗せ自分は乗らないで、

その子の手に一万円を渡す。複雑な表情の女の子

を無視して運転手にお願いしますと告げて、すぐ

にタクシーから離れた。

 

 歩いて酔いを覚ましながら自分のマンションに

向かう。何なのだろう。いや、ほとんど酒は飲ん

でいない。なのにこのむかむかした気分は何なの

だろう。冷蔵庫からミネラルウォータ―のペット

ボトルを出しがぶ飲みする。その残りをシンクに

投げつけ、バーンと音がし水が跳ねかえる。

 

 暫く立ったままだったテンゾウは、ようやく動

いて部屋の電話の受話器を取った。

 

「・・・もしもし・・・カブトさん?僕だ。・・・・

うん、女を頼む。いや、可愛い感じじゃなく、色

白で背の高い、美人がいい。そう、華奢な感じ。

髪は長くてもせいぜい肩ぐらいまで・・・。いや、

ロングは駄目だ。ロングしかいない?じゃあ髪を

切らせろ」

 

 最後は乱暴に電話を置いて、テンゾウはシャワ

ーを浴びる。

熱めに設定した湯を受けながら、どうしようも

ないむかむかした苛立ちと戸惑いと、そして心の

最奥の中にある悲しみの感情が、自分から出て行

ってくれるように願ったが、それは叶わない。

 

 目を閉じてもカカシと楓が並んで歩く後ろ姿が

浮かんでくる。

二人ははた目から見ても本当にお似合いだっ

た。気も良くあっていたようだ。

 

これから付き合うのだろうか・・・?何より自

分はどうしてこんなにもそれが辛いのか・・・。

嫉妬?どっちに?カカシになら理解は出来る。

でも違うのだ・・・。自分は明らかに、楓に嫉

妬している。

 

 

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