紙風船
第9話
本屋近くのファミレスに移動し、二人は日替わり定
食を注文した。
店員がテーブルから去ると、二人の間はほんの少し
沈黙が支配する。先に口を開いたのはカカシだった。
「最近サークルの方に顔出せて無いんだけど、どう?」
「いつものように、みんな勝手にDVD見て勝手な批評
してますよ」
「そうか、相変わらずなんだな」
「ええ・・・。先輩の方は、どうなんですか?・・・
就活は?」
「まあ、今の時代は厳しいからな。4年の夏までには
何とか決めたいな」
「希望の会社はあるんですか?」
「うん、電気通信系のメーカー」
「面接までたどり着ければ大丈夫でしょうね」
「何で?」
「面接で先輩を落とすなんて考えられない」
「なんだよさっきから、貧乏人の俺誉めても何も出な
いぞ」
自分の事を無条件で誉めるテンゾウにカカシが笑い
ながら言う。
丁度そこへ、注文した定食が運ばれて来た。しばし
会話を中断して二人は空腹を満たすことに集中する。
テンゾウは本当にカカシの就職を心配していなかっ
た。自分は秘かにカカシを想い、ひいき心があるのか
もしれないがそれだけでなく、本当に大抵の人はカカ
シに好印象を持つ。成績も優秀だと聞くカカシはいず
れどこかの会社に採用されるだろう。
テンゾウには今、目の前の事で気になる事がある。
いつかの合コンでカカシが送って行った女性。楓とは
どうなったのだろう、その後。
もっと早く聞きたかったのだが、聞けなかった。後
輩が先輩の近況を聞くという何気ない装いを取れそう
になれず、明らかな嫉妬心が表情に現れそうで、聞く
事は出来なかったのだ。でも、やはり明らかにした方
がいい。その方が諦める事が出来るかもしれない。カ
カシに彼女が出来れば、自分の心も整理がつくかもし
れない。
「あの・・・」
「何?」
「この前、合コンで一緒に女の子と帰ったでしょう?」
「ああ、うん」
「・・・あの子とは付き合ってるんですか?」
「・・・うん、そうだね、付き合ったっていうのかな」
ある程度覚悟していたとはいえ、心臓の音が周囲に
も聞こえたのではないかと思うほどに、ドクンと鳴る。
精一杯の平静さを装い、言葉を繋ぐ。
「可愛い子でしたもんね」
「うん、だけどね、もう・・・会わない」
「え?」
テンゾウは驚いて顔を上げカカシを見つめた。
「可愛くて良い子で、俺も逢ってるその時は楽しいん
だけど・・・。逢える日の事考えると嬉しいとか、ド
キドキするとかそういうメールをよくくれてさ。まあ、
女の子はそういう文をわりとさらっと書くのかもしれ
ないけど、俺、普段は彼女の事忘れてて。」
カカシはそこで一息ついた。
「逢えば楽しいけど、それは恋愛感情とは違うなあっ
て思って。だったらはっきりさせないと、かえって彼
女に失礼だろう?」
テンゾウは黙って聞いていた。口を開けば、それは
良かったみたいな空気読めない言葉を発してしまいそ
うだった。
カカシは苦笑して言葉を続ける。
「俺さ、いい歳してまだガキなのかもしれない。彼女
の事は思い出さないで、お前と映画見たいなあとか、
不機嫌そうなのはなんでかなあとか、そんな事考えて
る方が多かった。小学生レベルだよな。女子より友達、
みたいな」
テンゾウは再び心臓がドクンとなる。今、カカシは
会ってない時も自分を思い出していたと言ってくれて
いるのだ。
「お前はどうなの?お前も可愛い子と良い感じだった
ろう?」
テンゾウはカカシに言われるまで、自分と一緒に帰
った女の子の事は忘れていた。もう、名前すら覚えて
いない。
「何にも。あれから会ってません」
「そう」
カカシが顔を上げてテンゾウを見る。一瞬視線が絡
み合う。
「じゃ、まだしばらくは一緒に遊べるな」
穏やかな笑みを浮かべてカカシが言う。
一緒に・・・・・・、カカシの言った言葉がリフレ
インする。一緒に、しばらくは一緒に・・・・・。も
ちろんカカシとって何気なく言っただけに違いない。
ただ、テンゾウはそんな言葉にも自分が舞あがってい
る事を自覚している。そしてこの気持ちを抑えること
は出来ないと、それもまたあらためて思い知らされる。
会って話して、そしてますます好きだと思う。