絵本 水銀灯 紙風船

泡沫の庭荘

 

 

紙風船

 

10

 

 木枯らしがキャンパスの木々の葉を散らしていく。

学生たちが踏みつけて行く枯れ葉はカサッという乾い

た音を出し、もう冬が訪れている事を、冷たい風と共

に知らせていた。

 

「はい注目!サークルの忘年会、来週土曜で決定。全

員参加。入部希望の女子なら部外者参加OK

 

「えー!なんで女子だけ部外者OKなんですか?」

 

「うるせー、部長の言う事は絶対だ」

 

「横暴ー!」

 

 女子部員の抗議も置き去りに、ゲンマ部長の一言で

映研サークルの忘年会の予定が決まる。

 

 

 サークル忘年会当日、ゲンマが声をかけたと思われ

る部外者の女子が何人か参加していた。

 

「カカシ、お前あの子たちに愛想振りまいて入部して

もらえよ」

 

 ゲンマがカカシに、部外者の女子を見やりながら耳

打ちした。

そのやり取りを聞いてテンゾウの気持ちが騒ぐ。

 

「も、しょうがないなあ・・・」

 

 カカシは苦笑しながらも、部長のゲンマの言う事を

守り、自ら女子に声をかけ始める。

 

 テンゾウは少し離れた位置から、カカシに話しかけ

られた女の子達が明らかに楽しげに返事しているのを

見る。

 それはそうだろうと思う。カカシに話しかけられれ

ば、大抵嬉しいだろう。

女の子がカカシに話す。カカシが笑う。カカシが女

の子に話しかけるまた、その子が笑う。テンゾウの胸

がざわつく。弾んでいる会話。

 

テンゾウは胸が痛む。

 

 ちらちらとカカシの方を見てしまい、ふと横を向い

たカカシと目が合った。テンゾウは慌てて目を逸らす。

そんな訳はないのに、カカシへの恋心が見透かされそ

うだ。カカシが女の子と会話している。ただそれだけ

で、こんなにも辛い。その気持ちが強すぎて、カカシ

への想いが周囲に零れてしまうのではないかと、そん

な気さえする。

 

 カカシがトイレに席を立った。少ししてテンゾウも

席を立つ。トイレから戻るカカシと廊下で出会った。

 

「トイレは突き当り右だよ」

 

 テンゾウもトイレに行くのだろうと思ったカカシは、

そう言って狭い廊下でテンゾウを通してあげようと身

体を少し横に避けた。テンゾウはそのカカシの腕を捉

まえる。

 

「何?」

 

 カカシが怪訝な顔をする。

 

「先に、抜けませんか?一緒に」

 

「え?」

 

「そろそろ、帰りませんか?」

 

 カカシがテンゾウを見る。

 

 カカシの驚いた表情に、動悸が激しくなるのを自覚

する。サークルの忘年会を男同士で抜けだそうなんて、

意味不明な誘いだと思う。どうして?とカカシに聞か

れたら、自分はなんて返事するつもりなのか。

 

それでも、テンゾウは少し前、ゲンマに誘われたコ

ンパで知り合った女の子とカカシが付き合った時の、

何ともいえない荒んだ気持ちを思い返す。もう、あん

なふうに目の前でカカシが他の誰かと帰って行くのを

見るのは嫌だ。行動しなかった事を後悔するのは一回

でいい。

 

 カカシは一瞬驚いた顔を見せ、そして少し微笑んで

返事をする。

 

「いいよ。出ようか」

 

「えっ?」

 

 今度はテンゾウが驚いた声を出す。まさかあっさり

了承してくれると思いもよらなかった。

 

「俺、ゲンマに言って来るよ。会費は先に払ってるか

ら大丈夫と思う。お前、かばんはいつも持ってるグレ

ーのやつだっけ?」

 

「はい。」

 

「コートは、あのフード付きの黒っぽい・・・」

 

「そうです。」

 

「じゃ、待ってな。お前のも持って来てやるから」

 

 そう言ってカカシはやんわりとテンゾウに掴まれた

ままの腕を離し、自分達の仲間がいる個室へと向かっ

た。

 

 テンゾウはカカシに離されて、初めて自分が無意識

にカカシの腕を掴んでいた事に気づく。駆けだしたい

ほどの気恥ずかしさ。と同時に、カカシが抜ける事に

賛成してくれた嬉しさと、そして戸惑い。しばらくし

てカカシが出てくる。

 

「行こうか」

 

 先に立って歩き出す。

 

「やっぱ寒いな」

 

 店を出ると、カカシが寒さに首を竦めた。テンゾウ

は自分が持っていたマフラーをカカシに差し出した。

 

「あの、よかったら使ってください」

 

 腕を掴んだり、忘年会を二人で抜けようと言ったり、

それに比べれば、マフラーを貸す事くらいもう平気で

口に出来る。

 

「お前はいいの?」

 

「はい」

 

 断られるかもしれない事を覚悟で差し出したマフラ

ーを、カカシは受け取った。

 

「じゃ、借りる」

 

 さらりとマフラーを受け取ってくれたカカシの行動

が、テンゾウに勇気を与える。

 

「僕の家に来ませんか?」

 

 忘年会を一緒に出ようと誘っておいて、このままカ

カシと別行動するつもりはもちろんなかった。

 

「じゃ、お邪魔しようかな」

 

 カカシが穏やかに返事して、テンゾウのマンション

の方角へ歩を進めた。

 

 

9   11