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泡沫の庭荘

 

 

紙風船

 

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 マンションに着くと、テンゾウはとりあえずカカシ

に飲み物を聞く。

 

「酒はいらないな・・・。じゃあ、まあコーヒーでも

もらうかな」

 

 カカシが答える。

 

 サイフォンを準備しながら、テンゾウは気になって

いた事を口にした。

 

「先輩・・・。良かったんですか?女の子とせっかく

会話弾んでたのに途中で抜け出しちゃって・・・。ま

あ、僕が抜けようと誘ったんですけど」

 

「ああ、あの子は駄目だよ。映画には興味なさそうだ

ったから、きっとサークルには入ってくれない」

 

「へ?」

 

 テンゾウは間抜けな声を出す。カカシは本当にゲン

マに言われた通り律儀にサークル勧誘してたのか。

 

「でもあの子、先輩には興味ありそうでしたけど」

 

 言ってからテンゾウは後悔する。何だか変なニュア

ンスだ。隠そうと思っても、言葉の端々に想いが出て

しまう。もしも自分の気持ちが晒されてしまえば、カ

カシとの関係はどうなるのだろうか。

 

「俺は、テンゾウが抜けようと言ってくれて助かった

よ。あの子はサークルには興味なさそうだったし、あ

れ以上話してるのはちょっとしんどかった」

 

「本当に抜けて良かったですか?」

 

「だから抜けたんだよ」

 

 カカシの優しい言葉がテンゾウの気持ちを余計に落

ち着かせなくする。カカシの前にコーヒーを置き、自

分も座る。至近距離にカカシがいる。

カカシに、この気持ちを伝えればどうなるのか・・・。

 

「お前はさ、この頃どうなの?」

 

「どうって?」

 

「前のコンパの子とは会ってないって言ってたけど、

他にたとえば好きな子とか、出来てないの?」

 

 カカシの突然の言葉にテンゾウは一瞬固まる。

 

「いや、お前が誰か好きになれば、大概うまくいくと

思うからさ。付き合ってないってのは、好きな人もい

ないのかなあと思ってさ」

 

 本当に?カカシ先輩、あなたに打ち明ければうまく

いきますか?

テンゾウは心の中で問いかける。

 

「先輩」

 

「何?」

 

 好きなのはあなたです・・・。その言葉を飲み込む。

 

 呼びかけたまま言葉を発しないテンゾウに、カカシ

が言葉をかぶせる。

 

「テンゾウ、何?」

 

「好きな人は・・・いるんです」

 

「あ・・・・、そうなんだ・・・・。いるの」

 

 口元に持っていきかけていたコーヒーカップを持つ

カカシの手が、不自然に止まる。空中でカップを持っ

たまま、カカシはほんの少し無口になった。

 

 しばらくして、カカシはカップをテーブルに置き、

口を開く。

 

「好きなら、どうして告らないの?」

 

「言えないんです・・・」

 

「他の誰かと付き合ってるとか?」

 

「いえ、今恋人はいないみたいです」

 

「じゃ、なんで・・・まさか結婚してる人とか?」

 

「いえいえ、学生です。年は、上だけど・・・」

 

「じゃあ、言えばいいんじゃない?そりゃ、100%

うまくいくかは判らないけど、黙って想ってても伝わ

んないよ」

 

 カカシが少しきつめの口調で話す。

 

「そうですけど・・・言えないんです・・・」

 

「訳判らないな。まあいいけど。俺がむきになること

じゃないしな」

 

 カカシは微かに苛立ちを交えた表情になる。

 

「コーヒーごちそうさん。そろそろ帰るわ」

 

 テンゾウは驚く。泊まって行くものと思っていた。

 

「ど、どうしたんですか?」

 

「いや、ちょっと、酒が残っててすっきりしない」

 

「なおさら、ここで休んで・・・。」

 

「いい、今日は帰る」

 

 テンゾウの言葉を遮り、カカシは席を立つ。

 

「じゃあな」

 

 つかつかと出て行くカカシの背中を見やりながら、

テンゾウは何を怒らせたのかと自問する。カカシは間

違いなく不機嫌になっていた。

今していたのは、自分が好きな人に告白出来ないで

いるという話だ。確かに言わないと想いは伝わらない、

と言っていたが、頼りない奴だと思われたとしても、

それは怒って帰るほどのことだろうか?

 

 普段、大抵の事に鷹揚で穏やかなカカシの豹変ぶり

にテンゾウは訳が判らず、しばらくカカシが飲み残し

たコーヒーカップを見つめていた。

 

 

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