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泡沫の庭荘

 

 

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「え・・・?」

 テンゾウの言葉がカカシは一瞬理解出来ない。あり

きたりな疑問の声を無意識に発して、テンゾウの方を

見つめる。

 

「僕は先輩が好きなんです」

 

 カカシに見つめ返されて、テンゾウは怯みそうにな

った心に鞭打ち、もう一度同じ言葉を繰り返した。

 

「それ、何の冗談?」

 

 カカシにしてみればそう答えるのが何より妥当だっ

た。

 

「冗談じゃなんかじゃないです」

 

 テンゾウはカカシの言葉に少なからずダメージを受

ける。まともに取り合ってもらえない事も、あるいは

引かれる事も、先輩、後輩として築いた関係性が崩れ

る事も覚悟して言ったつもりだった。

いやその覚悟が出来ていなかったからこそ、これま

では言えなかったのだ。今は伝えたい気持ちの方が勝

って告白したが、実際にカカシに怪訝な反応を返され

ると、判ってはいても気持ちが沈む。

 

「たぶん初めて会った時から、先輩の事が好きだった。

その頃は自覚はしてなかったけど」

 

 テンゾウは更に自分を奮い立たせて言葉を繋ぐ。こ

のままカカシが自分から距離を置くのは仕方ないとし

て、せめて真剣な気持ちだけでも伝えたいと思う。

 

「冗談じゃないんだったら・・・お前はそっちのひと

なの?えーと、男を好きになる・・・」

 

 カカシの言葉に、テンゾウはちょっと考える。

 

「どうなんだろ、多分違うと思いますけど、男の裸見

たって何とも思わないしセックスの経験も女しかない

ですよ。ただ、本気で人を好きになったのは先輩が初

めてなので・・・」

 

 テンゾウが真面目に話しているのを見て、カカシも

本当に冗談ではないのかと思う。

 

「じゃあ、男の俺をどうして好きになる?」

 

「うん、そこが不思議ですね。自分でもよく判りませ

ん。ただ・・・」

 

「ただ、何?」

 

「巧く言えないけど、先輩が今の雰囲気や性格のまま

女だったとしても、僕はやっぱり好きになったと思い

ます。性別は後回しというか・・・。まあ、本来は重

要な事ですけど」

 

 テンゾウの言葉がカカシの心に響く。そして今まで

理解出来なかった自分の心の中を炙り出していく。あ

り得ない可能性で考えることすらしなかった想いが溢

れていく。テンゾウに好きな人がいると聞いた時の、

説明のしようのない苛立たしい気持ちの正体が。

 

「俺見て、キスしたいとか思うわけ?」

 

 カカシの問いにテンゾウは少し視線を下に落とした。

 

「はい。気持ち悪い答えで申し訳ないですけど」

 

 カカシは小さな賭けに出る。テンゾウの気持ちと、

自分の気持ちのいずれにも確証が欲しくて。

 

「本気なら、してみろよ」

 

 テンゾウは下に落としていた視線をあげてカカシを

見つめた。カカシの意外なその言葉に驚くより、昂ぶ

る気持ちが躊躇する隙を与えない。

 

 カカシのそばに寄り、ソファの背に凭れていたカカ

シの肩を左手で掴み、右手で頬を押さえる。内心の昂

ぶりを押さえこむようにゆっくりと唇を近づけ、その

形の良い唇に触れる。ほんの数秒、心臓が高鳴り過ぎ

てすぐに離れると、カカシがふと恥ずかしそうに下を

向き長い睫毛が伏し目がちに閉じる。その一瞬のカカ

シの仕草がテンゾウの脳内に閃光を走らせる。

 両頬を押さえこみ激しく、貪るようにカカシの唇を

覆う。更に舌で口内を愛撫する。あまりの勢いにやや

引き気味になるカカシの肩を強く抱き寄せ、更に逃げ

るカカシの舌に絡めていく。

 カカシの姿勢が崩れ、そのままソファに横になる。

テンゾウはカカシに覆いかぶさり、そのシャツの下か

ら手を差し入れカカシの滑らかな肌を撫でた時、カカ

シの腕がテンゾウの動きを止めた。

 

「ちょっと待て、テンゾウ・・・」

 

テンゾウはカカシの身体から離した手をソファの端

に置き、自分の身を支えながら横たわるカカシを見下

ろした。

 

「本気って判ってもらえましたか?」

 

 カカシは横たわる姿勢でテンゾウを見上げ、それか

らちょっと苦笑した。

 

「ふふ・・・お前って大人しそうな顔してるのに、い

ざとなったら怖い」

 

 そう言って自分の上にまたがる様にいるテンゾウを

すっと押しのけ、えいっというふうに起き上がった。

 

 元の様にソファに凭れて、テーブルに置いていたペ

ットボトルのウーロン茶を手に取り中身を飲む。就活

で以前より短めになった髪の寝乱れを、さらりとかき

あげる。

 

 テンゾウは黙ってカカシの動きを見ていた。こんな

にまじかにカカシのそばにいるのは、今日で最後かも

しれないと思いながら。

 

「判ったよ、本気って」

 

 カカシが唐突に言葉を発する。

 

「先輩・・・、あの、怒らないんですか?」

 

「何で怒るの?」

 

「気持ち悪いとか・・・」

 

「人に好かれて怒りはしないだろう」

 

「でも、普通の状況じゃないでしょう」

 

「普通の価値観なんて人によって違うでしょうよ」

 

「はあ・・・」

 

「あのさあ、見たい映画があるんだよ。今日みたいに

高級レストランてわけにはいかないけど、今度は俺が

驕るから、一緒に行こうぜ。後輩に奢られっぱなしっ

ていうのは、やっぱり気が引けるし」

 

「はあ・・・」

 

 更に唐突に話を変えたカカシにテンゾウは戸惑いの

あまり、やはり間の抜けた返事しか出来ない。ただ、

嫌われたり、拒否されたりという事はなさそうだとい

うのは何となく理解できた。優しい人だから、自分が

恥ずかしくていたたまれない気持ちにならない様に、

今までと変わりない態度をとってくれているのだろう。

 

 カカシが見たいという映画の粗筋を話し始め、テン

ゾウはそれを聞きながら、荒々しい先程の空気は静か

に消え去り穏やかに夜は更けていった。

 

 

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