紙風船
第16話
夏至に向かって日がどんどん長くなっていく季節、
すでに大学は夏季休暇に入っていた。
テンゾウがほかの部員たちとともに映研サークルで
DVDを見ようとセットしているところへカカシが入
って来る。
「カカシ先輩、お久しぶりですね」
「わ―カカシ先輩!来てくれて嬉しいですう」
後輩女子達が口々にカカシを歓迎する言葉を発し、
カカシを部屋の中央へ引っ張って連れていく。
「一緒に見ましょうよ。今日はテンゾウがDVDを持っ
てきてくれた『ショーシャンクの空に』ですよ」
久しぶりに映研サークルに現れたカカシを歓迎する
皆の少し後で、テンゾウは黙って立っていた。
春先にテンゾウが告白してから後も、特にカカシは
テンゾウを避ける様子もなく、以前と同じように接し
てくれる。はじめはそれが自分に対しての、気を使わ
なくていいよ、というメッセージだと思っていたし、
実際そうなんだろうとは思うが、このところテンゾウ
はその状況が段々辛くなってきている。
いっそ嫌われた方があきらめもつく。カカシに嫌わ
れる、避けられる、それは考えるだけでも辛すぎる状
況だが、それでもいつか諦めという感情が湧いてくる
だろう。しかし、カカシに嫌われた様子もなく優しく
接してもらえれば、あり得ないと思いながらもどこか
期待してしまう。そうしていつまでも諦めることが出
来ずに永遠に想い続ける。
それが辛くなってきたのだ。
「ショーシャンクか。いい映画だよね、俺も好きだよ」
カカシがDVDを一緒に見ようと誘う後輩達に返事
をしている。
「映研入るくらいだから皆どこかでこの映画は見てる
けど、何度見てもいいですよね」
映画を語り出したら止まらない部員たちが、それぞ
れに持論を述べ出す。
「これはある意味恋愛映画と思いませんか?自由と青
い空への恋。」
「そしてアンディとレッドの恋」
「友情だろ。ゲイ映画じゃない」
「恋愛に性別なんて関係ないし、私も二人は恋愛だと
思う。もちろん永遠にプラトニックだろうけど」
「カカシ先輩はどう思います?」
後輩の一人がカカシに話を振った。
「そうだな・・・。アンディとレッドは友情を越えた
結びつきがあると思うよ。ただ映画は恋愛が主体テー
マというより、開放がテーマかな」
「開放?」
「うん、精神的な内なる想いの開放・・・。妻を愛し
てたのに真面目に仕事するしかその愛情の表現方法を
知らなかった男と、刑務所以外の生活を畏れ、市中で
の暮らしに向き合えない男と、二人が出会って、自由
へ向かう気持ちを開放させる。そしてそれまでの恋愛
に対する価値観すら変え、同性を想う気持ちを開放す
る・・・・。そんな感じ、かな?」
「わあ・・・納得。先輩」
「でも、やっぱり二人の関係を・・・」
「ま、ま、まずは理屈抜きに見ようよ」
カカシはそろそろ観賞会を始めようと皆を促した。
それから不意に、それまで黙ってカカシとサークルメ
ンバーの会話に参加すらしなかったテンゾウに声をか
ける。
「テンゾウ。これ見たらさ、今日お前んち行っていい
か?」
「え?あ、はい・・・。どうぞ」
テンゾウは一瞬戸惑ったが、諦めるにはいい機会だ
と思い直す。カカシの口から、可能性はないとはっき
り言ってもらおう。その方がいい。
映研サークルを出て、カカシとテンゾウはマンショ
ンに向かっていた。テンゾウの高級マンションは大学
から歩いて行ける距離にある。二人はその道のりを互
いに無口に歩いていた。
カカシはこれまで何度も来ているし、歯磨きやら着
がえのスエット等もいつの間にか揃っている。しかし
テンゾウはもう来てもらうのは今日を機にやめてもら
おうと内心決意していた。
これからも先輩、後輩として仲良く・・・なんて気
持ちには到底なれない。本気で好きだから、きっとこ
れからも好きだから、心の広い所なんて見せられない。
みっともないほどに、カカシが好きだから。
テンゾウのマンションに入る。カカシがいつもそう
するようにソファに座る。テンゾウがいつもそうする
ように飲み物のリクエストを聞いて、カカシが答えた
ウーロン茶を持ってくる。
二人はしばらく無言で・・・同時に口を開いた。
「テンゾウ」
「先輩」
ほんのちょっとの間と微かな笑い。
「ふふ・・・何?テンゾウから言えよ」
「いや、あの先輩から」
「何だよ。話し進まないじゃん」
テンゾウは小さく息を吐いた。
「ですよね。じゃ、僕から。先輩、多分僕を気遣って
くれてるんだと思うんですが、はっきりと言って欲し
いんです」
「何を?」
「僕、先輩に告白したんですよ」
「うん」
「だから、その返事をですね。望みがないとはっきり
口で言ってもらえないと、いつまでも諦められない。
そんなの勝手に諦めろよ、ってとこだと思うんですが、
僕はそれほど潔くなれない」
カカシがへ?という顔をしてテンゾウを見つめた。
「返事なら・・・もうしたじゃん」
「いつ?」
「だからお前が言ってくれた時」
「なんて?」
テンゾウはカカシの言葉に驚き、噛みつくように質
問を返す。
「だから・・・本気ならキスしろって・・・嫌いな奴
に言わないでしょ、キスしろなんて。ましてや男同士
なんだから」
今度はテンゾウがへ?という様な表情になった。あ
れが返事?そんなの判らなさすぎる。今も判らない。
結局それはイエスという事なんだろうか。
「俺が聞きたかったのは、お前の付き合い方ってこん
なのかな・・・って思ってさ。普通、デートとかする
だろ、付き合ってるなら。でもお前何にも言ってこな
いし」
テンゾウは全身の力が抜けていくのを感じた。
「先輩。あれが返事とは、ちょっと気づけないです
よ・・・」
「え?そう?」
カカシは少し笑顔になって答えた。
「気づいてなかっただけか。じゃ、いいや。お前の気
持ちが変わってないなら」
カカシの笑顔を見て、テンゾウの中で猛烈な喜びの
感情が全身を駆け巡りだす。
ソファに座るカカシの両腕を掴み、テンゾウは聞い
た。
「本気で・・先輩本気で僕とつきって貰えるんですか」
「うん・・・というか、俺は付き合ってるつもりだっ
たけど・・・」
勢いに押されながらカカシが返事する。
テンゾウはそのままカカシへ口づけを行う。被せる
ように自らの唇を重ね、口内を蹂躙する。離れても、
また何度も何度も重ね合わせる。そして勢いのままに
カカシをソファに横たえ耳朶から首筋への愛撫を行う。
「ちょ・・ちょっと待ってテンゾウ」
カカシはやんわりとテンゾウの動きを押さえる。
「ソファじゃちょっと・・・。あのさ・・・シャワー
浴びてくるよ」
「先輩・・・。泊まっていってくれるんですよね・・・?」
テンゾウはまだ半信半疑な表情を浮かべて聞く。
「・・・・だからシャワー浴びてくるよ」
カカシは明確な返事をしなかったが、それはテンゾ
ウには充分な答えだった。