紙風船
第12話
テンゾウの家を出たカカシは、自分が不機嫌だとい
う自覚はあったが、それがどうしてなのか判らない。
二人で店を抜けようと言われ、さっきまでは楽しい気
分だった。
テンゾウは気の合う後輩で、一緒にいる事に気を使
わない。たとえ会話をしていなくても、沈黙であって
も息苦しさを感じない、少なくとも自分にとってはそ
んな関係だった。
後輩のテンゾウは、多少は気を使っているのかも知
れないが、それが不快な事なら自分から二人で店を出
ようなんて言わないはずだ。テンゾウも自分といる事
を楽しいと感じている。その事実が気持ちを明るくさ
せてくれていた、さっきまで・・・。
テンゾウはいつも自分を尊敬の目で見てくれる。確
かに苦学生と呼ばれる立場かもしれないが、そういう
環境だったから自分にとっては自然な事ともいえた。
でもやはり、先輩はすごいですと素直に尊敬の言葉を
言われれば、この生き方にも意味はあるのかと、報わ
れた気分になる。
高いIQを持ちながらどこか天然で、真面目なのか
と思うと結構面白い事を言ったりする。後見人が暴力
団組長だと言っていたが、そんな団体と縁がある様に
は全く見えない、爽やかな印象のテンゾウ。
カカシは歩きながら小さなため息をついた。12月の
凍える空気に吐く息は白く余韻を残す。
「何やってんだか、いい歳して・・・」
入学資金を稼ぐため2浪しており、学年は2つしか
違わなくてもカカシはテンゾウより4才上だ。それな
のに、4才も下の後輩に何だか心を占められている。
自分が不機嫌になったきっかけはテンゾウに好きな
子がいると聞かされたから。判らないのは、それで不
愉快になる自分の心。
どうしてなのか・・・。
テンゾウの視線の先にいるのは自分だけであって欲
しいという独占欲に、捉われている。
寒風が頬を切る様に吹いていく凍て付く道に佇み、
心を静めようと夜空を見上げる。ネオンの切れる事の
ない東京でも、空が澄む真冬のオリオンが輝いて見え
た。
夜空を見上げ素直な感情に向き合おうと、カカシは
考える。
きっと自分は後輩というより、親友の様にテンゾウ
を好きなのだろう。好きな人がいるのに何故だか告白
しない煮え切らない態度にも腹が立ち、そしてもしテ
ンゾウの恋がうまくいき、付き合えば一緒に過ごす時
間をとられてしまう。きっとそういう事だなと、カカ
シは自分の心のもやもやとした感情にそう結論をつけ
る。
どう分析しても、何故だかすっきりしない気持ちを
抱えている事は心の奥に押しとどめて、カカシは自宅
に戻るため駅の雑踏へと踏み込んだ。