キャッシング 紙風船

泡沫の庭荘

 

 

紙風船

 

19

 

 盆を迎える頃になって、夕刻には昼間のギラギラし

た暑さが和らいでくるようになったある日、テンゾウ

とカカシは大学正門前で待ち合せをしていた。

 

 付き合っていると互いに確認取れてから以後では、

外で待ち合わせというのは初めてだった。

 

 まだ夏休み中のキャンパスはいつもの賑わいはなか

ったが、それでもサークル活動などで来ている学生も

多い。カカシもゼミ仲間と話があるということで、テ

ンゾウとの待ち合わせが大学になったのだ。

 

 

 

約束の5時になり、正門に佇むテンゾウの元へ、校

舎を出てゆっくりと歩いてくるカカシの姿が見える。

 

 夏の午後5時はまだ明るく、その日差しの中で彼の

白肌はまるで光に同化してしまうようだった。テンゾ

ウはその存在の不安定さに微かな不安を覚え、思わず

手を伸ばし、カカシの腕を掴む。

 

「テンゾウ?」

 

 腕を掴まれ、カカシは少し驚きの表情のあと、直ぐ

に笑顔を浮かべた。

 

「あのさ、男同士で腕組むのはちょっと・・・」

 

 言われて、テンゾウは慌てて手を離す。

 

「いや、あのすいません。つい・・・」

 

 カカシが消えそうで不安だった、なんて言葉には出

来ず、誤魔化しの言葉もうまく思いつかない。

 

 カカシはチラッとテンゾウを見る。しどろもどろの

テンゾウがなんだか面白くて、さっきの言葉と裏腹に

派手にカカシから腕を組んだ。

 

「カ、カカシさん・・・。見られますよ」

 

「いいじゃん、恋人同士なんだから」

 

「そうだけど・・・」

 

「俺と恋人って世の中にばれたら迷惑?」

 

「まさか、そんな・・・」

 

「じゃ、ここでキスしろよ」

 

「え?こ、ここ?」

 

 まだ二人は大学に程近い、人通りも多い道を歩いて

いた。

 

「迷惑じゃないんだったら出来るだろ?」

 

「ぼ、僕じゃなくて、カカシさんに迷惑かかりますよ。

就職も決まってるのに・・・」

 

「あはは・・・」

 

 真面目なテンゾウの答えにカカシが笑う。

 

 カカシは組んでいた腕を離す。

 

「冗談だよ、ばか」

 

 笑顔が可愛い、なんて口に出したら怒られるだろう

な、とテンゾウは思う。

からかわれているのに、テンゾウはカカシに思わず

見とれる。そう、自分はこの人に、恋している。

 

 

 二人がブラブラと歩いていると、どこからともなく

盆踊りの音が響いてきた。

 

「どっかで夏祭りかな?お盆だから、自治体の盆踊り

とか・・・」

 

その時、パタパタと走ってきた幼い3〜4歳くらい

の浴衣を着た女の子がカカシの足にぶつかった。

 

「あ・・・」

 

 よろめいた子をカカシは慌ててつかまえる。

 

「大丈夫?」

 

「すいませ〜ん。もうこの子ったらよそ見して・・・」

 

 後から追いかけて来た母親らしい女性がカカシに謝

る。

 

「いえ、ころばなくて良かった」

 

「浴衣着てはしゃいじゃって・・・ほら、彩ちゃん、

お兄ちゃんにごめんなさいは?」

 

 彩ちゃんといわれた女の子は、ぺこっと頭を下げる。

 

「ごめんなさい」

 

「いえいえ、どういたしまして」

 

 カカシは謝った子供に笑顔を返す。その時、浴衣の

帯の間に挟んでいた、まだ膨らましていない紙ふうせ

んが道に落ちた。

 

「落ちたよ。はい」

 

 カカシは薄い56枚の束の紙風船を女の子に返す。

すると女の子はそのうちの一枚をカカシに差し出した。

 

「彩ちゃんごめんなさいだから、あげる」

 

「え?くれるの?」

 

「お兄ちゃんにそんなもの渡しても困るわよ」

 

 母親が止める。

 

「ううん、彩ちゃんあげるの」

 

 きっぱりした女の子のセリフに母親は苦笑し、カカ

シに向かって言う。

 

「ごめんなさいねえ。いらないだろうけど、もらって

やって」

 

 母親がそのほうが丸く収まると、目で合図をよこす。

 

「ああ・・・。じゃあ、彩ちゃん、ありがとう」

 

 カカシは礼を言って紙風船を一枚受け取った。

 

「じゃ、お兄ちゃんにバイバイね」

 

「バイバイ」

 

 

「懐かしいなあ・・・」

女の子と手を振って別れた後、カカシが紙風船の穴

のところから空気をいれて膨らます。

 

「何ですか、それ?」

 

「え?知らないの?紙風船だよ、祭りの夜店とかで売

ってる・・・。」

 

「祭りに行ったことがないです」

 

「そう・・・。俺は施設から祭りは行かせてもらった

からな・・・。お前は、夏とかは何して遊んだ?」

 

「大概ハワイに行って、そうですね、射撃場とか行っ

てました」

 

「へえ・・・・」

 

 テンゾウが広域暴力団大蛇丸組の組長の養子という

ことを、カカシは普段意識したことがないが、射撃と

聞いて、この時はさすがに環境の違いを感じる。

 

「銃を撃った事があるの?」

 

「まあ、練習で。でも、そんなことよりそれはなんで

すか?」

 

 自分の事を聞かれたくない様子のテンゾウに、カカ

シも話題を変えた。

 

「これはさ、紙風船といってこうして膨らませて、手

でぽんぽんと上にあげて遊ぶんだよ」

 

「でも、紙だから直ぐに形が潰れちゃいそうですね」

 

「そう、だからそっと飛ばすの、大事に大事に扱わな

いと直ぐに壊れる」

 

「随分繊細なものなんですね・・・」

 

「うん、ほんと。繊細だから・・・そっと持たないと

壊れてしまう」

 

 テンゾウはカカシの白い手の上に乗る、桃色の丸い

形に膨らんだ紙風船を受け取ろうとした。その時、な

んの質量も感じない程軽いそれは、微かな風でその手

からこぼれ落ち、二人が立つ道端の溝を転がって行っ

た。

 

 

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