土地 札幌 ボトックス 紙風船

泡沫の庭荘

 

 

紙風船

 

2

 

「ガイ、飲みすぎだよ。もうやめとけって」

 

「うるせえええ、カカシ。女にもてるからって偉

そうにするな」

 

「偉そうになんかしてないだろ・・・ほらこぼし

てる」

 

 

 映画研究会の新入生歓迎コンパも2次会に移動

した頃には、ただの酔っぱらいの集団と化してい

た。

 

「ほら、おまえら早くクジ引け」

 

 ゲンマが近付いてきて、残った2本の割り箸を

ガイとカカシに取らせる。

 

「ゲンマ、王様ゲームなんてレトロすぎるだろ、

いつの時代だよ。みんなも酒入りすぎだ。そろそ

ろお開きにしよう」

 

「うるせえ、カカシ。結構盛り上がってただろ。

俺が王様になるまで続ける。俺が幹事だ。あ、ま

た外れた。くそう」

 

 これも酔っぱらっている幹事のゲンマが、クジ

の割り箸を放り投げる。

 

「なんだよ、もう・・・うるさいのはおまえらだ

っつーの・・・」

 

 カカシがため息をついている横で、ガイが大声

をあげた。

 

「おお!俺が王様だ。よし!1番が5番にチュウ

だ。口限定」

 

 すぐさまカカシがガイの頭をはたいた。

 

「バカ。いまどきそんな発言、セクハラって言わ

れるぞ」

 

 酔っぱらってカカシの忠告も耳に入らず、更に

ガイが大声を上げる。

 

「うるせえ。王様の命令だ!誰だ1番は!?」

 

「あ、俺です・・・」

 

 テンゾウが手を挙げ立ちあがった。

 

「あー!テンゾウ君だったら私がチュウしたい!」

 

 やはり酔っぱらいのあんこが素っ頓狂な声を上

げる。

 

5番は誰だ?」

 

 誰も返事せず、ふとカカシがガイの引いた後に

残された割り箸を見ると5という数字が書いてあ

った。

 

「あ、俺だ・・・5番」

 

 途端にガイが大声で笑いだした。

 

「ぎゃはは、ざまあみろ。モテるからって偉そう

にした罰だ。今日は野郎とチュウしろ」

 

「キャー、イケメン同士のチュウ見たい」

 

あんこが叫ぶと1年のヒナタとサクラまで拍手

する。

 

「もー、偉そうにしたことなんかないだろ・・・。

だいたい俺はともかく、テンゾウがかわいそうだ

よ」

 

 言いながら顔をあげるとテンゾウと一瞬目が合

い、カカシは苦笑を返す。

 

「別に、僕は・・・」

 

 テンゾウが何か言いかけたところで、この春卒

業してOB参加していたアスマが手を叩いた。

 

「はいはい、もう時間制限が来たぞ。お開きだ」

 

「あ〜、残念。見たかったなあ。二人のキス」

 

 女子達がざわざわしつつも、皆各々席を立つ。

 

「男子はちゃんと女子送れ」

 

 再びアスマが声をかける。

 

「あ、私カカシ先輩に送ってもらいたい」

 

 あんこが言うが、カカシは手を前で合わせて御

免という仕草をする。

 

「俺、こいつ連れて帰んなきゃ。元々泊める約束

してたし」

 

 すでに壁に凭れて眠りかけているガイをカカシ

は指さす。

 

「あ〜、残念」

 

 

 カカシが眠りかけてるガイの腕を自分の肩に乗

せる。

 

「ほら、起きろよ。もう重たいな、この筋肉バカ」

 

「あの、手伝います」

 

 カカシの反対横から、テンゾウがガイを一緒に

支えた。

 

「悪い・・・助かる。こいつ重くて。筋肉バカで

やたら鍛えてるから」

 

 

 ガイを両脇から支えながら、ようやく大通りに

出て来たカカシは方手を挙げてタクシーを呼びと

めた。一台のタクシーがすっと止まるが二人に支

えられているガイを見て、運転手が露骨に嫌な顔

をする。

 

「・・・酔っぱらってるの?困るんだよねえ。前

に吐かれた事あるから。他、当たって」

 

バタンとドアを閉め、行ってしまう。

 

「乗車拒否?え〜、まじかよ・・・」

 

 カカシが困った顔して呟く。もう一度手を挙げ

ると別のタクシーが減速して近付いてきたが、や

はりガイを支えている恰好を見たのか、そのまま

止まらず再び加速して行ってしまう。

 

「どうしよう・・・。歩くには距離あるし・・・」

 

 カカシの困った表情を見ていたテンゾウが、声

をかけた。

 

「あの・・・僕の家に泊まりますか?近いんです、

ここから」

 

「いいの?実家じゃないの?」

 

「大丈夫です。一人暮らしですから」

 

「ほら、テンゾウが泊めてくれるって。ちゃんと

歩けよ」

 

「歩いてますよ〜」

 

 ガイがふざけた声を出し、カカシがもう一度頭

をはたいた。

 

 

 テンゾウに案内されるまま通りを一つ奥に入る

と閑静な住宅街となり、その中でもひと際大きな

マンションに近付く。

 

「え?ここ?」

 

「はい」

 

 返事しながら、テンゾウはオートロックの解除

を行う。大学生が一人で暮らすマンションとはと

ても考えれない豪華さであった。

 

 エレベーターに乗り込み、テンゾウは最上階の

ボタンを押す。

開けた廊下は広くドアは一つしかない。

 

「ワンフロアお前の家?」

 

「はい、この階は僕の部屋だけです」

 

 二人はガイを玄関から一番近いソファに降ろし

た。

 

「あ〜重かった」

 

 ガイはそのまますぐ横になり、眠り息を立て始

める。

 

「何か飲まれます?カカシ先輩」

 

「うん、じゃ水を」

 

 テンゾウはミネラルウォーターのペットボトル

を持ってカカシのそばに来た。カカシはふかふか

絨毯の上に座り込み、水を受け取る。

 

 上品な家具だけで構成されたシンプルで広い部

屋を見渡す。

 

「普通の感想言っていいか?お前の家、金持ちな

んだな」

 

 カカシ達の通う大学は日本でも有数の国立大学

で、通う生徒はやはり幼いころから塾や勉強する

環境を与えられている者が多い。あながち経済的

に余裕のある家庭の子供がほとんどであるが、テ

ンゾウの暮らしは余裕という域を超えている。

 

 カカシの横に座ったテンゾウが少しの間をおき

答えた。

 

「僕の両親はもう死んでいません。引き取って育

ててくれた人が、まあ、金持ちなので」

 

「そう、俺も両親いないけど。そんな引き取り手

なかったからなあ。今はバイトと奨学金で暮らし

てるよ」

 

 テンゾウがふと顔をあげてカカシを見つめた。

 

「バイトと奨学金?」

 

「うん、俺高校卒業まで施設で育ったの。普通施

設は18で出なくちゃならないけど施設長の好意

でそれからさらに2年間世話になって、その間に

バイトしまくって金ためて、今住んでるとこの頭

金やある程度の金貯めて、受験したの。大学行き

ながら一人で暮らしてる。俺さ、3年だけどお前

より年は4つ上だよ」

 

「そうなんですか・・・」

 

「うん、ちなみにこいつも俺と一緒。2浪してる

から」

 

カカシはソファで眠りこけるガイを指さす。

 

「さっきOBのアスマが来てただろう。俺達、高

校の同級生なんだよ。アスマはストレートで受か

って、留年せず卒業したから、この春から社会人。」

 

「バイトと奨学金・・・そうか、そういう事も出

来るんですよね・・・。僕は、物心ついた時から

今の環境にいたので、そういう事、ほんとに世間

知らずで・・・。なんか、自分が情けないですね」

 

 テンゾウは暗い表情で話す。

 

「いや、別に金持ちの後見人がいるなら、それで

いいんじゃない?わざわざバイトと奨学金の方選

ばなくても・・・」

 

 カカシは何だか妙にその話に拘るテンゾウを不

思議に思う。

 

「まあ、もし知っていても出るのは許されなかっ

たですけど・・・」

 

「何の話?テンゾウ?」

 

 怪訝な様子のカカシを見てテンゾウは話を変え

る。

 

「すいません。あの先輩も泊まってください。シ

ャワーもどうぞ。着替えの服は新品があるので、

それ使ってください」

 

「そ、悪いね。じゃあ俺も泊めてもらうよ」

 

「はい、僕もガイ先輩と二人きりになっても困る

ので」

 

「はは・・・うん、もっともな意見だよな」

 

 カカシがシャワーを終えるとキングサイズのダ

ブルベッドがある部屋へ通された。

「ベッドは一つしかないので、僕と一緒になりま

すけど、この大きさなので二人で寝ても大丈夫と

思うんですが」

 

「うん、全然。俺普段はパイプベッドだもん。こ

んなベッド寝たことない」

 

 カカシは嬉しそうにはしゃいでベッドにもぐり

こむ。

 

 

 ソファで眠ってしまったガイには毛布をかけ、

テンゾウがシャワーを終えて寝室に戻ると、電気

も消さずカカシがもう寝息を立てていた。カカシ

も多少は酒が入っており、横になってすぐに眠り

に落ちたのだろう。

 身体を少し丸めて眠る姿は、起きている時より

幼い印象になる。4歳も年上とは思えない。最初

に会った時にアイドルかモデルみたいだと思った

端正な顔立ちは、アルコールで少し赤みを帯びた

今日の方が更に綺麗に見える。

 

 

 ついさっき、新歓コンパの終りにゲームでキス

する事になりかけた。あの時、テンゾウがかわい

そうだろうと気遣ってくれたカカシだったが、思

わず別に嫌じゃないと言いかけていた。

 

本当に嫌ではなかったので。

 

「キスしてもよかったけどな・・・」

 

 無意識に呟いて、その自分の言葉に微かに照れ

て、テンゾウはカカシからなるべく遠くの位置の

ベッドにもぐりこんだ。

 

 

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